その夜は盛大な宴が繰り広げられた。クマソタケルの兄弟を殺すことに成功し、我々が解放したニライカナイの美しい姫たちが歌い踊り、我々も剣舞を披露し、久しぶりに羽目を外して楽しむことができた。 ふと今までの道のりを思い起こした。 道中では夜も我々三人のうち誰かが(とは言ってもほとんどがサルメかサダルだったが)戸口で敵の来襲を見張り、残る二人も常に気を張り詰めていなければならなかった。歩き続けなくて良い分、昼間よりは楽だったが、こう何日も気を張る状態が続いてはさすがに応える。 だが、今は外を見張る必要もない。思う存分酒を飲み、飲みすぎたらそのまま寝てもいい。 全く久しぶりの休息だった。サルメもサダルも、いつもより緩んだ笑顔をしていた。 私は先ほどのことを思い出した。 サダルをからかいすぎてしまったか。そういえば宴が始まってから、サダルと話していない。彼はまだ気にしているのではないか。 私は彼に謝りに行くことにした。というより、謝罪を理由に彼と話をしたかった。酒も入っている今なら、サダルもいつもよりは饒舌になるかもしれない。 サルメが席をはずしたのを見計らって、私はサダルのそばに行った。私が来たのに気がついて、彼は私を見上げてニコリと笑うと、新たに酒を注いだ。 「オウス、乾杯をしていませんでしたね」 「あ、あぁ。お前とは、まだだったな」 オウスに、と小さく呟いて彼は杯を目の位置に掲げた。私も同じ高さに掲げ、勢いよく飲み干した。 なかなか強い酒だった。喉が焼けるように熱い。 「オウス、顔に出すぎです」 サダルがククッと笑って言った。自分では意識をしていなかったが、眉間に思い切り皺がよっている感覚に気がついた。酒に酔うと、考えるより先に体の方が動いてしまう。これでは、嘘をつくことはできないだろう。クマソの館に忍び込む前に景気づけに一杯やろうかとも考えていたが、しなくて正解だった。 苦笑を返してサダルを見れば、彼の杯は全然減っていなかった。とは言っても彼も今までの間に人並みには飲んでいるようで、ほんのり頬が赤く、眠たそうな目をしていた。 ちびちびと杯に口をつける彼はどことなく無防備だった。 「サダル……、さっきは悪かったな」 「悪かった?」 「冗談だったんだけどさ、からかいすぎたかな、と思って。あのー、ほら、女装したときだよ」 改めて言葉にすると、馬鹿らしい。私はなぜあんなくだらないことをして、更に謝っているのだろう。 なんとなくサダルと目を合わせづらくて、私は姫たちの舞に視線を釘付けにすることにした。一人の女が私を見て妖艶に笑った。 「なぜ貴方が謝るのですか。私こそ、謝らなければと思っていて……」 予想外の言葉にサダルを見れば、彼は所在なさ気に杯をくるくると回していた。 「貴方は私の緊張をほぐそうとしてくれたのでしょう?……本当は、すごく怖かったんです。女装なんてばれる可能性があるし、まして誘惑するなんて、無謀だと思っていた。でも、貴方のおかげで大分気が大きくなれたんです。なのに……」 私としてはそんなつもりはなかったのだが、彼がそう思っているならそういうことにしておこうと思った。卑怯かもしれないが、ここで否定して、単にサダルに対する好奇心でやったんだと言って彼をがっかりさせるよりはマシだ。そう自分に言い聞かせて、私はサダルに続きを促した。 「なのに?」 「なのに……私は」 サダルはここで言葉を切って一息ついた。 「私は、サルメのように会話も上手くないし、冗談も言えない。重大な使命を負っている貴方に、例えば、楽しませたり、安らぎを与えたり、そうやって何らかの形で手助けがしたいのだけど、うまくできない」 「サダル……」 「こんなこと、貴方に言って。あぁ、ほら、余計負担になるのに、こんな愚痴だけは言えるなんて。ごめんなさい。酒の所為です……」 そう言いながらサダルは杯に口をつけ、今までより多く酒を口に含んだ。 「サダル、それでいいんだよ。私はお前ともっと心を通わせたい」 「心を……」 「もっと、さ、近い目線で話したいんだよ。笑わせるような冗談なんか言ってくれなくたって、お前と心から正直に話せれば、私は嬉しいし、それってすごく安らぎになるんだ。さっきだって、お前、突然男に抱き寄せられたら為すがままにされるのか?違うだろ?私のことだって突き飛ばして、やめろって言えばいいのに」 「そう……ですよね。私は貴方の望むことなら、全て叶えてあげたいと思ってしまって……」 「……なんだって?」 「え?だから、貴方の望みなら、全部……あれ?私、変なこと言っていますか?」 「私の望むことなら全てかなえてくれるわけだ……ふーん」 「あ、あの……やっぱり、変なこと言いましたよね?あの、オウス?」 サダルの瞳が困惑にゆがんだ。私は再び加虐心に駆られた。 立膝をついて、サダルに覆いかぶさるように近づく。周りはみな酔っていてサダルの危機にも気がつかない。 「何でも、叶えてくれるんだよな?」 一言一言、含みを持たせるようにゆっくりと話す私の言葉に、じりじりとサダルが後ずさる。私もそれに合わせて近づくものだから、サダルは壁際に追い詰められてしまった。 「あの、オウス。何でもというか……できることなら……」 「ではサダルはこういうことはできないって?」 私はサダルの顎を人差し指で軽く持ち上げて不適に笑って見せた。少しずつ顔を近づける。さっきと同じ状況だ。だがサルメはまだ戻ってこない。 サダルは何か言いたげに口を開けたが、なかなか言葉は出てこなかった。私はどうしようか迷ったが、抵抗しないならこのまま口付けてしまおうと考えた。別に減るものじゃないし。空いた手でサダルの顔にかかる長い前髪を払った。 それにびくりとサダルが反応し、唐突に私は突き飛ばされた。後ろにあったタルに勢いよく頭をぶつける。 「オウス!ダメだ!こういうのは、よくないです」 「いってぇ……」 頭をさすり、呻く私の姿を見て、サダルがハッとして駆け寄ってきた。私はここぞとばかりに苦痛のうめき声を上げた。 「ご、ごめんなさい……」 「……馬鹿サダル!もういいよ」 「えっ……だって貴方がさっきこうしろって……」 「いーや!もういい。ダメだ、サダルはダメだ。お前はなぁ、ダメなんだよ」 「さ、三回も言わないでください……」 切れ長の強い瞳を悲しげに光らせて、眉を下げるサダルを見て私は思わず噴き出した。 「なっ……」 「嘘、嘘!お前、何て顔してるんだよ。そんなに私に怒られたのが傷ついた?」 「か……からかわないでくださいッ」 「ごめん、ごめん。悪かったよ。サダル、飲みなおそう。座れよ」 「…………」 「警戒するなって!何もしないから」 「……今日のオウスは意地悪ですね」 そう言ってサダルは恐る恐る私の隣に腰を下ろした。 今度は私が酒を注いでやった。まるで毒でも入っているかのように杯を念入りに見つめるサダルをみて、再び笑いそうになったが、今は我慢をしておいた。いい加減に可哀想だ。 普段は先陣を切って勇ましく歩くサダルが、今はなんだか小動物のように小さく見える。いや、こちらが本当の彼なのだろう。気を張り詰めて、威嚇していないと体裁を保っていられないのだ。私とサルメが楽しそうに話していても、後ろを振り向きもしない彼は本当に余裕がなかったに違いない。 どうにもいたたまれなくなって、私はサダルの背中を優しく撫でた。サダルは一瞬体を強張らせたが、私が小さく、ごめんな、と呟くと、ふるふると首を振った。それからは二人とも言葉を発することなく、ただ目の前で繰り広げられる舞をじっと見ていた。私の手はずっとサダルの背中を撫でていた。 冗談が過ぎて、サダルは私に対して小さな警戒心を持ってしまったようだが、今までのある種の強固な守りの壁は取り払われた気がする。 明日には大和へ発つ。その道のりを想像して、私の頬は自然と緩むのだった。