「はぁ? え、何スか?」 ちょうど学校から帰ってきて一息ついていた聞き耳のもとにやってきたのは思いもよらぬ人物だった。ロックウェルとは隣同士に住んでいるけど、いつも会いに行くのは聞き耳のほうからで、まさかロックウェルのほうから訪ねてくるなんて予想だにしていなかった聞き耳は言葉通り「はぁ?」という顔をした。しかもいつもの彼の聞き耳に対する態度からは想像もつかない人当たりのいい笑みを浮かべていて聞き耳はなおさら不審に思った。 「ちょっと預かってほしいんだよな」 「何をッスか?」 「彼」 ロックウェルの背後に隠れていた人物は遠慮がちに顔を出した。現実世界では見慣れない服装に髪型の男を見て聞き耳はぽかんと口を開けた。そして、「こんな人歴史の資料集で見たことある…」と思った。 「サダルって言うんだ。泊めてやってくれるよな? いろいろ事情があって家がないんだ」 「え? うぅーん……。まぁいいっちゃいいッスけど……」 できればあまりお近づきになりたくないタイプなんだけど……とはさすがにいえなかった。 「よかった! じゃ、サダル。今日はこいつの部屋で寝てくれ。オウスは俺の部屋いるから」 「う、うん。わかった……」 サダルはおずおずと返事をした。ロックウェルが自分の部屋に行ってしまうと、残された彼はぎゅっと口を結んで心細そうにロックウェルが消えたドアを見つめていた。 (なんだろうこの人…まぁロックウェルさんが連れてきたならそんな変な人じゃなさそうだけど……) 「ま……とりあえず、入るッスか?」 どうしたものか、と戸惑いがちに聞き耳が言うと、サダルはパッと振り返った。数秒間、不思議なものでも見るような瞳で聞き耳を見つめると、思いついたように頷いた。 「あの……突然、すみません……」 「いやぁ…まぁ別にいいッスよ。あ、靴そこに脱いで…。スリッパここにあるから適当に……」 なにやらものめずらしそうに周囲を見渡しているものだから、聞き耳は丁寧に説明してやり彼を部屋に入れた。スリッパがはきなれないようで、部屋までのほんの数メートルの廊下の間に彼は何回もスリッパを飛ばしていた。 話を聞けば彼は大昔からやってきたということだった。経緯は全く不明だが、彼の姿、この世界に適応していない様子を見る限り本当らしい。 そして部屋に招き入れてわずかの間に、どうやらサダルは相当に寡黙なタイプであるらしいことがわかった。だがありがたいことに、そのような相手に聞き耳は慣れていたし、居心地を悪く感じることもなかった。とりあえず聞き耳はテレビをつけて沈黙を紛らわした。 ちらりと横目でサダルの様子を見れば、彼は不安そうに部屋をきょろきょろと見渡していた。そんな彼を見ていて、聞き耳の脳裏にはある人物が浮かんでいた。この感じ……世話をしてやらなければと思わせるようなサダルの雰囲気は、誰かさんといるときの感じに似ていた。 (やっぱ……なんか似てるよな……カシウスに) 複雑な気持ちになり、そんな気持ちになる必要がないことに気付いて更に収集がつかなくなって、とりあえずテレビのチャンネルを変えることにした。 ニュースにグルメ番組にバラエティー……人気のお笑い芸人が出ているチャンネルに合わせ、彼らのネタに笑っているとサダルは聞き耳が持つリモコンをじっと見つめていた。 「ん?」 「それ……何?」 「これは、テレビのチャンネルかえるやつ……って言ってもテレビが何かもわかんないか」 サダルは首をかしげた。聞き耳にリモコンを手渡され、恐る恐るボタンを押した。チャンネルがお笑い番組から音楽番組に変わった。生体観察するように、穴が開くほどテレビを見つめて、それからサダルは更にチャンネルを回した。 「ま……適当に遊んでていいッスよ。ちょっとロックウェルさんとこ見てくるから」 聞き耳が立ち上がると、サダルも立ち上がろうと膝を立てた。来なくていいと手振りで示すとおとなしく頷いた。 「まーったくあーいうタイプは面倒くさいことこの上ないっすね……。と、ロックウェルさーん」 返事を待たずに部屋に上がり込むと、そこはまさに戦場と化していた。 「てめー!! 勝手に電話出るな!! あーもう風呂水浸し!! 掃除機はいいから!! やめろ!!」 「これどうなってるんだ? あ、なんか吸い込んだ」 「わぁー!! ストールが!!(汗)」 「すとーる?」 「いいから、やめてくれ!(涙)」 愛用のストールがすっかり掃除機のなかに収まったところで、ようやくロックウェルは騒然とした部屋の中で埋もれていたコンセントを抜くことに成功した。 オウスは動かなくなった掃除機を興味深そうに見た。 「この時代は本当にすごいな。いくつか持ってかえっていい?」 「ダメ! ほしけりゃ勝手に買って来い」 「大丈夫、俺天皇の息子だから出世払いってことで」 「わけのわからんことを言うな!(汗)」 聞き耳はそっと部屋をあとにした……。 部屋に戻ると、サダルはベッドの方に移動し、何やら雑誌を読んでいた。聞き耳はドキッとした。ベッドのあたりは……まずい。一般の高校生なら、ベッドのあたりに見られちゃヤバイ類いのものがあってもおかしくはない。聞き耳も例外ではなかった。まさか……。 恐る恐る近づくとサダルが振り返った。そして言った。 「この女の人、何で脱いでるの?」 「うわー!!(汗) それはダメ!!」 聞き耳が雑誌を取り返そうとするとサダルはヒョイッと雑誌を高く上げた。残念ながらサダルは聞き耳よりも背が高かった。 「サダル! 返しなさい!!(滝汗)」 「えー……気になる」 聞き耳の必死な様子を見てサダルはソレが重要なものだと認識したらしい。いたずらを思いついた子供のような笑顔を見せると、決して取られまいとサダルは逃げ出した。 「わー!!待つッス!!」 サダルは楽しそうに部屋を駆け回り、玄関の方へ向かった。バカらしいと思いつつも放置するわけにいかない聞き耳もそれを追った。 玄関に繋がる廊下へのドアを開けたとき、サダルの肩に触れた。サダルは振り返った。同時に足を滑らし、隙をついて捕まえようとした聞き耳の両手は空を切った。 「うわっ!」 視界がガクンと揺らぎ、フローリングの床が激しく音を立てた。膝をしたたかに打った。 「いって……。あ、ごめ……」 呼吸が一瞬止まった。もつれ合って転んだ拍子に、聞き耳はサダルを押し倒すような姿勢になっていた。互いの睫が一本一本見えるほどに近い。両手はサダルの肩のあたりで体を支えており、脚はサンドイッチ状態。 綺麗目の容姿で、しかも彼の想い人に心なし似ているサダルと密着状態で、今にも第一次大戦が勃発しそうな下半身をなんとか停戦状態に持ち込もうと聞き耳は必死だった。理性と本能が頭の中で目まぐるしく戦い、体のほうはなかなか動き出せない聞き耳を、サダルは特に驚いた風も無くぼーっと見ていた。 カシウスだったら絶対もっと動揺してる、やっぱり違う、と考えて、なんとか体を起こそうとしたとき。玄関のドアが唐突に開いた。 さっきまで隣の部屋にいた二人は、聞き耳とサダルの状態を見て固まった。その沈黙が聞き耳には数分間くらいに感じられた。オウスはわなわなと拳を震わせた。 「……貴様ぁーーー!! サダルに何をしてる!!!(怒怒怒)」 オウスの怒りの形相に聞き耳は飛び起きた。サダルはゆったりと起き上がってのんびりと目をこすった。 「いや、誤解、誤解ッス!! マジで!!(汗)」 「黙れ! 言い訳無用!」 オウスは草薙の剣を構えた(←反則)。 「ぎゃああぁ!! この人超危険ッス!(滝汗) ロックウェルさーん!!」 「俺を巻き込むな!(汗)」 「貴様、逃げるな!!」 聞き耳はロックウェルの背後に回りこみ、オウスは剣を振りかざし、ロックウェルは聞き耳を連れたまま逃げ出して、三人はどこかへ消えた。 かくして部屋にはサダルが一人残された。 「……オウス怒ってたな。違うのになぁ……まぁいいか」 騒動の元凶であるサダルはぼんやりと呟き、部屋に戻っていった。 続く・・・♪