「……なんだろ、これ……」 「は?何がッスか?」 「……いや……」 まだ動き始めないコーヒーカップに乗って、目の前に座る聞き耳と目が合うと、カシウスは声を落とした。 一体何の因果で自分は聞き耳と二人でコーヒーカップに乗っているのか。もちろん、ブルータスとポルキアの様子を見るためではあるが……客観的に考えると男二人で、しかも聞き耳と、普通にアトラクションを楽しんでいるように見えるであろう自分をほんの少し情けなく感じるカシウスだった。 「あ!ほら、あそこ、ブルータスとポルキア!」 聞き耳の声に後ろを振り向けば、あの二人は向かい合わせで座らずに、隣同士で肩を並べて座っていた。どうやらこの時間を使って話し込む気満々のようだ。 「…………」 「ここからじゃさすがに会話は聞けないッスね〜……」 「……なんか空しくなってきた……」 「そんなこと言ってちゃ、あの二人のこと何もわかんないッスよ!どうせカシウスのことだから後でウジウジ悩むんだから、現在進行形で成り行きを知っておいた方がいいッス!」 「……聞き耳…」 変な奴だが、ここまで自分に協力してくれる聞き耳を、カシウスは心強く思った。最初は単に変態チックなクラスメイトという印象しかなかったのに、不思議なものである。 係員の掛け声とともにコーヒーカップが動き始めた。大きな円形の屋根の下、いくつものコーヒーカップが入り乱れる。ブルータスとポルキアの乗ったコーヒーカップが遠のき、見えなくなったかと思うと、次の瞬間には手を伸ばせば届いてしまう距離にいた。それは一瞬で、彼らには気付かれなかったが、こんな風にカップとカップとが入り乱れていたらブルータスたちがいつ自分たちに気がついてもおかしくない。 「……ねぇ、まずくない?(汗)見つかっちゃうよ……聞き耳、何か作戦があるんじゃなかった?」 「あ、そうだった。じゃあ、カシウス、しっかりつかまるッス!」 「……え?うん……こう?」 「行くッスよー!!」 カシウスは腰を回して、カップの淵をしっかり掴んだ。が、次の瞬間大きく頭を引っ張られるような感覚に襲われた。地面と平行方向の引力に引っ張られ、視界に映る景色が高速で変化していく。おそらく聞き耳がめちゃめちゃにカップを回しまくっているのだろうが、必死でカップの淵にしがみつくカシウスにはそれすら見えなかった。 カシウスは絶叫系が苦手なのだ。てっきりコーヒーカップなんて可愛い乗り物だと思っていた。大きな勘違いだった。乗り合わせによっては、コーヒーカップは園内で一番の絶叫マシーンとなるのだ。 呼吸もままならないカシウスは、なんとか声を絞り出して聞き耳に訴えかけた。 「……ちょっとっ……なにが作戦!!??(汗)」 「え?だから、速過ぎて見えな〜い♪作戦。こんだけ速く回ってれば絶対二人とも俺らに気付かないッス!」 「…………(死)」 俺らも何も見えないじゃん……というツッコミは口にされることはなかった……。 段々と速度が落ち着き、ついにカップが止まってもカシウスはまだぐったりとカップの淵にもたれかかっていた。心配した係員がなにやら話しかけたが、とても大丈夫といえる状態ではなかった。だが、今ここで係員などに騒がれて目立ってしまってはブルータスたちにばれてしまうかもしれない、という思いから、何とか立ち上がる。聞き耳に半ば寄りかかるようにして外に出た。屋根の下から出ると晴れ上がった空が眩しい。その眩しさに目の奥が痛み、脈打つ頭を押さえた。 近くにあったベンチに座り込んでいると、聞き耳の声が上から降ってきた。同時に頬に心地よい冷たさを感じた。 「ほら、ジュース。大丈夫ッスか?」 「……う…ありがとう……」 頬に当てられた缶ジュースを受け取る。聞き耳が飲み物を買ってきているということは、このベンチに座り込んでからいつのまにか大分時間が経過していたらしい。さっきまで無重力状態だった頭も、なんとか落ち着いてきていた。 「カシウス、ほんと脆弱ッスね!虚弱体質?」 「……聞き耳は元気そうだね……(汗)」 ふとあたりを見渡せば、ブルータスたちの姿はない。カシウスは秘かに安堵した。自分たちの存在に気付かれなかったという安堵もある。だが、それ以上に、親しげに話す二人をもう見ていたくなかった。 「あ、あの二人なら、ピザのお店で食事してたッス」 「………本当に聞き耳はすごいよ(汗)」 二人の情報を当然のごとくさらりと言ってのける聞き耳に、カシウスは尊敬の念を抱かざるを得なかった。 しばらく休んでいると、大分気分も良くなり、体調も回復してきた。これ以上あの二人を見たくない、とは言いつつも、居場所がわかってしまえばどうしても気になってしまう。聞き耳は「あの二人が観覧車行ったらさすがに乗り込むッスよね?」とか楽しそうに言っているし、尾行をやめる気はないのだろう。 ――これ以上二人を見て、俺は何をしたいんだろう。 段々と気持ちが沈んできた。ジュースの缶を握る指が浮つく。そんなカシウスの様子を知ってか知らずか、パンフレットを眺めていた聞き耳が立ち上がった。 「そろそろ行ける?」 パンフレットを折りたたんでヒップバッグにしまい、準備万端といった聞き耳にカシウスはあいまいに頷いた。 ブルータスとポルキアは既にピザのお店にはいなかった。思いのほかカシウスの体調が良くなるのに時間がかかっていたので、当然といえば当然である。そもそも遊園地に来て食事に時間をかけるのはもったいない。 この広い遊園地の中、再び二人を見つけるのは困難だったので、聞き耳とカシウスは尾行をやめて普通に楽しむことにした。 カシウスが比較的危険の少なそうな遊覧船に行こうと提案すれば、聞き耳はあからさまにいやな顔をした。 「なんで船なんかにまったり乗らなきゃならないんッスかぁー!」 「……えぇ〜……たまにはまったりも楽しいって(汗)」 「却下!!(きっぱり)これにするッス♪」 そういって聞き耳はパンフレットを見せた。聞き耳が示す先は、この遊園地名物の超巨大観覧車……ではなく、そのとなりのゴーカートだった。とりあえず観覧車よりはマシだ、とカシウスは思った。たとえ尾行のためであっても、聞き耳と二人で観覧車に乗るほど虚しいこともそうそうない。 「……ねぇ、どうして聞き耳はそんなに俺に気使ってくれるの?」 ゴーカートの長い列に並びながら、カシウスがぽつりと言った。カエサルの件のときは、ノートがほしいからって理由だったけど……今回もわざわざ自分を誘ってくれたり、なんとかブルータスとポルキアがペアにならないようにイサベルと言い合ってくれたり。疑問に思っていた。 聞き耳は「うーん」と唸って首をかしげた。 「まぁ、別に理由なんてないッスけど……敢えて言うなら、おもしろいから?」 「……そ、そっか(汗)」 「あとは〜、そうッスね。カシウスは自分から何も行動しなさそうなタイプだし、ほっといたらどんどん傷ついて、溜め込みそうだし」 「…………」 「ま、好きでやってるだけだから!お節介って言われても俺には関係ないッス!」 「……聞き耳は、好きな人とか、いないの?」 「俺?俺は、いる」 「……誰とか聞いていい?」 「カシウス」 「…………え?」 一瞬の間。 「うっそーん☆びびった?」 「…………(汗汗汗)」 聞かなきゃよかった……カシウスは心から思った。 段々ゴーカートの車が見えてきた。自分たちの順番もそろそろである。いつの間にか太陽は大分傾いていた。西日が小さい車とそのコースのアスファルトを照らしていて、辺りはオレンジの水を流し込んだようにすべてが同じ色になっていた。 ふと、ブルータスに屋上に呼び出されたときのことを思い出した。あの時もこれくらいの時間帯だった。ブルータスの背中を照らす夕日が綺麗で……。突然の誕生日プレゼントは、ビックリしたけど嬉しかった。今も手首にしっかり巻きついているミサンガ。 『親友の証だ』 ブルータスはそう言っていた。親友の証。カシウスはその言葉を反芻した。 そうなんだ。俺らは親友なんだ……。恋人とは、やっぱり違う。 今ごろ、ブルータスはポルキアと二人で、あのときの自分たちと同じようにこの夕日を眺めているのだろう。どこで見てるのかな……。何を話しているんだろう。 知らないうちに思考の渦に迷い込んでしまう。自分の悪い癖だとはわかっていても、直そうと思って直せるものでもない。 あの日のブルータスを思い出して、今のブルータスを想像する。それを繰り返すうちに、カシウスは目の奥がなってくるのを感じた。 その時、突然聞き耳が「あっ」と声を上げた。聞き耳の視線を追えば、隣の長い列の先のほうに、今まさにカシウスの頭の中を支配していた人物がいた。 「ブルータスとポルキア!あれ、なんだろ。並んでるの……観覧車じゃないッスかぁ!?」 「……!!」 ブルータスとポルキアは、すぐ隣の観覧車の列に並んでいた。聞き耳とカシウスのいるところから、二人の表情もはっきり見える距離だった。 「あぁ!どうする!?カシウス!!」 「……え……え、わかんないよ……」 「あぁーー!もう!おーーい!ブルータス!ポルキア!!」 聞き耳は大声で二人を呼びつけた。それに気付いて振り返ったブルータスは一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに表情を曇らせた。カシウスはその表情の変化に気がついた。 「なぁなぁ何やって……って何だよカシウス!」 「……いいから!ほら、もううちらの順番だよ」 何とか二人を観覧車に乗せまいと話しかける聞き耳の服の裾を掴んでカシウスが制した。確かに既にもう自分たちが車に乗り込む番だった。ちょうど良かった。ブルータスにあんな顔をされるのは……耐えられない。 「何スか、カシウス……そんなにゴーカートやりたかった?」 「……いや、違うけど……(汗)」 聞き耳はさっきのブルータスの表情に気がついていなかったみたいだ。折角二人の邪魔してあげようとしたのに、などと思っている気がする。聞き耳はまだ納得がいかないような表情だったが、車に乗り込むと一転してハイテンションになった。 切り替えが早いのか、よっぽどゴーカートが好きなのか。いつもより大分低い視点で辺りを見回す聞き耳は、デパートの屋上で動かない車のおもちゃに乗ってはしゃぐ小さい男の子のように見えた。 「よぉーっしゃ!カシウス!飛ばすッスよ〜!!」 そう言って聞き耳はハンドルとアクセルを確認した。嬉々とした彼の表情に、カシウスはいやな予感がした。さっきのコーヒーカップの悲劇を思い出す。いや、でもゴーカートなんてそんなスピードでないだろう……。危険はないはずだ。 数秒後、彼はまたしても自分の考えが甘かったことを知る。 「……どーなってんの!?!?やめて、やめて、本当にやめて!!(泣)」 「すっげー!これ!かなりレベル高いッスよ!」 なぜかここのゴーカートは時速80キロまででるらしい。そんなのありえないって言っても、ありえるものはありえるのである(謎) だが、速度よりも、聞き耳の運転のほうが危険だった。右へ左へふらふらふらふら猛スピードで進むものだからコースの両脇に植えられている茂みに突っ込むわ木をなぎ倒すわで、カシウスは気が気じゃなかった。アナウンスで制限速度について係員がまくし立てているのが聞こえたが、聞き耳には知ったこっちゃないらしい。 「……聞き耳ーーー!!!やめてってばーーー!!!(涙)」 「カシウスはビビリだなー。これくらいなーんてことな……」 グイッと聞き耳がハンドルをひねるとめちゃくちゃな運転でなぎ倒した木に車の前輪が乗っかった……いや、乗っからずに空回りした。突然前輪が進まなくなった衝動で、車がつんのめるようにお尻の方をあげた。 「うおあぁぁ!!?」 「……わあぁぁー!!!」 二人とも恐怖に思いきり叫んで息をとめた。車は勢いで跳ね上がり、地面と垂直になった。そしてまるで人がバク転をするかのように、空中で華麗に一回転し、激しい音を立てて元通り着地した。 あたりはシーンとなった。係員はもちろん、ゴーカートの列に並んでいた人や、近くにいた人々が息を飲んでこの光景を見つめていた。 「……ふー!セーフ♪」 「……全然セーフじゃない!!(泣)」 カシウスは半泣きで聞き耳の頭を思い切り叩いた。さすがのカシウスも容赦ない。 皆に見られている中、気まずく車を降りれば、当たり前だが係員の人に呼び止められた。一応こちらは客なので、少し言いづらそうに注意してくる係員の人に申し訳なく感じた。 「……もう、聞き耳最低だ!やりすぎ!」 「いや、俺もまさかああなるとは思ってなかったんスよー!でもこれでカシウスも絶叫系克服できたんじゃないッスか?」 「できないから!超怖かったし、ほんとにほんとに死ぬかと思った!」 力が抜けて上手く歩けないらしく、カシウスは腰を曲げて腿に手を置いて上半身を支えた。しかし、今のゴーカートは絶叫系どころの騒ぎではなかった。あんな危険な目に合うことも人生でそうそうあるものではない。意外に生きてるもんだな、とカシウスは妙に納得してしまった。