球技大会は結局2組が優勝した。閉会式でフランツの口から淡々と結果が告げられたが、多くのものは勝っても負けてもどちらでもいいようだった。エドガーにやたら対抗心を燃やしていたロックウェルも、ふーん、という態度で聞いていた。大会に向けて、各組一丸となって練習をしてきたわけでもないので、当然と言えば当然である。それよりも彼にはドッヂボールでエドガーにボールをとられたことの方が重大だった。
 

閉会式が始まる頃にはまだ青空が見えていたが、終わる頃には既に日は大分傾き、のろのろと歩く生徒たちの影が長く延びていた。
 

「なぁなぁ兄貴、やっぱまずいんじゃないかなぁ」
「何が」
「何がって、あれだよ、さっきの……」
「なんだお前、ビビってんのか」
「そりゃ、俺なんか勝手に兄貴に話進められただけだし、ビビったよ!!別にいいんだけどさぁ……あの人まるっきり信じてたよ」

ジョルジュはもごもごと言った。
教室に向かう道のりで、生徒が多くいた。

「ばっか。信じてもらわないとあの金はパーなんだぞ!!」
「そうだけど……ちょっと申し訳ないなぁ……」
 
目をそらしてはっきりしない声量で言うジョルジュの顔を自分のほうに向けさせると、アルマンドはジョルジュの頬を引っ張った。

「ふぁっ!!」
「申し訳ないは禁句だ。全然申し訳なくない!!そんななまっちょろいこと言ってんじゃねぇ。いいか、俺たちは悪党に徹しなきゃならないんだぞ」

ジョルジュはくぐもった声で返事をし、小さく頷いた。








翌日もよく晴れた日だった。
隣同士に住むアルマンドとジョルジュは定刻に家を出る。そして一緒に学校に向かうという儀式は小学生時代から変わらず続いている。
いつも通り、朝アルマンドが家を出ると、少し遅れてジョルジュが出てきた。眠そうに目をこすっていたが、眩しい日差しに目を細める。
彼らの家は団地の中にあり、目の前には整備のされていない幅の広い道路、その奥には何年も手入れのされていない広場のような敷地が広がっていた。
彼らがまだ小学生くらいのころには、よくこの広場で遊んだものだった。あの頃にはどこまでも続くように見えた広場は、高校生になった彼らにはやけに小さく、こじんまりとして見えた。今では雑草が伸び放題で、ホームレスが住んでいるとの噂もあり、子供達は広場には近づかないようにと言いつけられていた。
 
「あ……ミミ」
「え?」
 
ジョルジュの言葉にアルマンドが広場を振り返り見た。

「いないじゃん」
「今一瞬見えたんだけどなぁ……」

寝起きでぼーっとしているジョルジュは、まぁどっちでもいいや、と呟き、一つ大きく伸びをした。
 
校門には生徒ががやがやと集まっていた。そろそろホームルームも始まる時間。この時間には校門を通る生徒はまばらで、いつもなら皆急ぎ足のはずだった。それが今日は集会でもあるのかというほどの人が校門でたむろしている。今日は何かあったっけ、と互いに顔を見合わせ首をかしげた。人だかりを覗き込んだアルマンドは、ゲッと短く悲鳴をあげた。
 
「募金お願いしまーす!!」
「哀れなージョルジュ君に愛の手を〜♪」
 
「なっ……」
「フレデリック……と、あいつ昨日バスケで戦ったやつだ!!(汗)」

彼らの視界には穴があったら入りたいという表情で恥ずかしそうに募金箱を抱えて立っているロックウェルと、そのとなりで同じく募金箱を抱えるフレデリック、そしてメガホンもって声を張り上げるロベルトの姿があった。
 
「マジかよ……」
「てかフレデリックは好意でやってるだろうけど、あいつ(←ロベルト)は絶対昨日のこと根に持ってるよ!!(汗)」
 
ロベルトはやたらジョルジュの名前を連呼していた。

 
とにかくたくさんの人が集まっていた。そろそろホームルームも始まるというのにこの人。
もちろん、ロックウェルやロベルト、それに最近知名度が徐々に上がってきたフレデリックが声をかければこうなるのはわかりきったことだ。

「マズイよマズイよ……あれやばいって……。一体いくら集まってるんだ……」
「ジョルジュ、とりあえず見つかったら面倒だ。裏門から行くぞ(汗)」

ロベルトなんかに見つかったらあのメガホンで大声で叫ばれそうだ。彼らはこそこそと教室に向かった。
悪党になりきるなんて言ってる割に、彼らは小心者らしかった。




「アルマンド!ジョルジュ!これ見て!」
「…………(汗)」

昼休み。予想通り、フレデリックと、彼に連れてこられたらしいロックウェルが、朝校門で集めていたお金を持ってきた。某有名テーマパークの大き目の缶に入れられたそれは、チャリンチャリンというよりジャランジャランという、彼らにとっては不吉な効果音を伴っている。アルマンドとジョルジュは二人して顔を引きつらせた。

「朝さ、カンパ集めてたんだ。そしたら意外に集まったんだよ」
「へ……へぇ……。それは…わざわざ悪いな……。で、いくら?」
「20万」
「は!?!?!?(汗汗汗)」
「20万だよ」
「…………(滝汗)」

あの短時間の募金で20万?一体何がどうしたというのだ……。この学校の生徒が約400人くらいとして……ん?一人500円か。……あり得なくはない。あり得なくはないけど、はっきり言って普通はあり得ない。一体どこの高校生が募金に500円も出すものか。
アルマンドは冷や汗をだらだら流した。ジョルジュは心配そうにアルマンドの服のすそをギュッと握った。
てっきり喜んでくれるものだと思っていたフレデリックは、硬直した二人の様子に表情を曇らせた。

「……あ、やっぱ20万じゃぁ、そりゃ手術費用には少ないのはわかるんだけど……」
「あ、いや違くて……」
「?」

フレデリックは不思議そうに首をかしげた。が、後方のロックウェルは怪しむような、呆れるような表情をしていた。
アルマンドとジョルジュは俯きがちに視線を合わせた。
アルマンドはのろのろと頭をかいた。

「あのな……その金は受け取れねぇよ」
「なんで?もともとジョルジュのために集めたんだから……」
「そうじゃなくて!あの……あの話、嘘なんだ」

フレデリックはきょとんとした。え?どの話?といった顔だった。

「ジョルジュは、病気じゃない」
「え……」


はぁー、とロックウェルがため息をついた。なんともいえない顔をしているフレデリックの肩を軽く叩く。

「だってさ。フレデリック、行こうぜ。お前簡単に人を信用しすぎなんだよ」
「ま…待ってくれ!騙したりして悪かった。でも、これには理由があるんだ」

訝しげな瞳でロックウェルが二人を見る。二人がフレデリックを騙したことに腹を立てているようだった。

「信じてもらえないのは、わかる。でも、本当なんだ。放課後、ちょっとついて来て欲しいところがある。来てくれるか?」

少しの沈黙の後、アルマンドが小さく言った。

ロックウェルは反論しかけたが、フレデリックがそれを制した。そこまでお人よしなわけでもないが、フレデリックとしても、今回のことははっきりさせないと気がすまなかった。



放課後、彼らの案内する場所は学校から近くにあるということで、フレデリックとロックウェルは歩いていくことにした。アルマンドとジョルジュは学校の駐輪場に並べられた自転車のうち施錠されていないものをかっぱらっていった。そのためフレデリックとロックウェルは結局走らされた。

「ここだよ!」
「はぁ…はぁ……(こいつら……/汗)。……ここって?」

学校から20分くらいの距離を走り、アルマンドが示す先は閑散とした広場。伸びきって子供の背丈ほどになった草が風にゆらゆらと揺れていた。

「ミミ!」
「あ!ジョルジュ!」
「ミミ、ミミ、君は本当に可愛いね」

ジョルジュは自転車を降りると、広場に向かって走っていき、“ミミ”を抱き上げた。

「…………猫?」
「ったくジョルジュは……。おーい!ギュスゴロウおじさーん!」
((ギュスゴロウおじさんーーー!?!?/汗))

アルマンドが広場のほうに向かって呼びかけると、草むらの間から小汚いおっさんがのそりとでてきた。一体いつから隠れていたのか。

「ギュスゴロウおじさん!」
「アルマンド、ジョルジュ。…今日は友達も連れてきたのか?」
「あ、まぁ、うん。フレデリックと、ロックウェル。で、この人はギュスターブ・エッフェル。俺らはギュスゴロウおじさんって呼んでるんだけど」
「……お…お前らのネーミングセンス……(汗)」


それでこのおっさんが、集めたお金に一体何の関係があるのだろうか。一見したところ、おっさんは髪も服も小汚いし、浮浪者くさい。というか突然呼ばれて草むらから出てくるなんて、まともじゃない。
大金が必要なのは、まさかこのホームレスくさいおっさんのためなんじゃぁ……。

明らかに嫌悪感むき出しの表情を作ったロックウェルにアルマンドが慌てて手を振って否定の意を示した。

「あのな、お金が必要なのは、こういうわけなんだ。おい、ジョルジュ。いつまでミミと遊んでんだ」
「おう、兄貴!」

ジョルジュがミミをつれて戻ってきたのを確認すると、アルマンドはギュスゴロウおじさんに、なにやら頼んだ。ギュスゴロウおじさんは頷くと、猫の鳴きまねをした。それは驚くほど本物にそっくりで、ギュスゴロウおじさんの鳴き声に反応して草むらがガサガサと動いた。
ロックウェルとフレデリックが一瞬警戒して身を引けば、草むらのいたるところから猫が現れた。10匹くらいはいるだろうか。

「うわっなんだこれ!!(汗)」
「ギュスゴロウおじさんはね、ここでたくさんの猫を飼ってるんだ。皆もともとは飼い猫だったんだよ。でもこの広場に住み着いちゃって、今では餌とか全部、ギュスゴロウおじさんが世話してるんだ」

再びミミを抱き上げてジョルジュが言った。ミミは上品なつやのある黒い毛並みをした猫で、確かに飼い猫であった面影がある。ジョルジュはミミが相当お気に入りらしい。
しかし、なぜ飼い猫がこんなところに住み着くのか。ギュスゴロウさんに聞けば、彼の猫の鳴きまねはどうやら猫を呼び寄せる力があるらしい。ということは、彼が無駄に猫の鳴きまねをした所為で、一軒家に飼われていた世間知らずな猫たちが呼び寄せられてしまったのではないだろうか……(汗)

「しかし…こんなにたくさんの猫……」

唖然とするロックウェルの足元に白いふわふわの毛並みの子猫が寄り添ってきた。思わずロックウェルは顔をほころばせた。彼は可愛いものが好きなのである。フレデリック然り(笑)

「あーロックウェル君。君の足元にいるのが、ナミだ。そしてこのぶち猫がマミ、こいつがユミ、あの子がレミ、それにアミ……」
「ちょっ……あんたもネーミングセンス……!!(汗)」

ギュスゴロウおじさんは丁寧に一匹一匹指差しながらロックウェルに教えたが、もちろん覚えられなかった。

同じく可愛いもの好きなフレデリックが、なつっこい猫(レミ)を抱き上げた。

「それで……お金が必要ってのは……」フレデリックがアルマンドに問いかけた。
「そう!俺らな、ギュスゴロウおじさんと猫たちをな、ちゃんとした家に住ませてあげたいんだ。外の世界を何も知らなかった猫たちもこんなところじゃかわいそうだし…何よりギュスゴロウおじさんがかわいそうだろ?」
「いやそのおっさんは別にいいけど……」
「…ある意味かわいそうな人だろ?」
「うん、それはそうだね」

ギュスゴロウおじさんは切ない嗚咽と共に草むらに沈んだ。

「だから…猫も一緒にすめるアパート代と、猫たちの餌代がどうしても必要だったんだ。それで、できればあのお金を使わせて欲しいんだけど……」
「……なるほど」

フレデリックとロックウェルは顔を見合わせ、互いに相槌を打った。

「そういうことなら、いいんじゃない。どっちにしろ行く当てのない金だしさ」ロックウェルが言った。
「本当か!?」
「まぁ、言い出したのはフレデリックだけど。いいよな?」
「うん。全然構わないよ。レミもきっとこんなところじゃ嫌だろうし。ねー、レミ♪」
(うわ……名前覚えてるよ…/汗)

こうしてギュスゴロウさんはめでたく屋根のある家で暮らせることになった。ジョルジュはミミと好きなときに会えなくなってしまったことを悲しみ、別れを惜しんでいたが、どうやらミミはアルマンドの方に懐いているようだった。別れ際にもアルマンドにばかり擦り寄るもので、ジョルジュはふてくされていた。
それにしても、何匹もの猫を引き連れて歩く小汚いおっさんは、生活観漂う団地の景観の中では異様な存在感を放っていた……。







次の日。

「なるほどぉ……猫たちのためにねぇ。それ聞くとちょっといい話…………え?ちょ…ちょっと待って。あの…俺のお金は??(汗)」

恐る恐る聞くエミリオに、フレデリックは気まずそうに目をそらした。ずるい。

「えぇ!?ねぇ、あれ!?おかしくない!?あれ!?俺の勘違いかな!?君ら、お金取り返しに行ってくれたんじゃぁ……」
「エミリオ、お前は可哀想な猫たちが食べ物にもありつけずにのたれ死ぬのを見過ごすのか……」

ロックウェルが非難がましい目でエミリオを見た。

「うっ……。でも俺だってあのお金が……(ってゆーか見知らぬ猫のえさ代に10万も寄付できるか!!/汗)」
「なに……?」
「!!!!!(ビクーーーーン|||△|||)」

ロックウェルにぎろりと睨まれ、例のごとくエミリオは何も言えなくなった。
もはや条件反射である。がっくりとうなだれるエミリオの肩をロベルトが慰めるように叩いた。

「まぁまぁエミリオ♪お金なんかなくたって誕生日プレゼントはなんとかなるぜ♪」
「うぅ……。ロベルト……(泣)」

結局、生活費もままならず、もちろん誕生日プレゼントなど用意できなかったエミリオは、エレーヌの誕生日の前夜、ロベルトの助言通り必死で肩たたき券を製作したのだった……。