――ジジジジジ………… 「ああ〜かわいいなぁ俺のサダル……違うぞ、そこはスーパーじゃない、違う違う……そっちにスーパーはないぞ……」 学校から拝借してきたでかいビデオカメラを肩に担いで興奮気味に息を荒くしている男が一人。そんな彼を周囲の人は遠巻きに見ていたが、彼には知ったこっちゃない。昔から注目されるのには慣れていた。今回も例に洩れず、自分がイケメンすぎるために皆の注目を浴びているのであろう、全くイケメンという肩書も時には困りものだな、などと呑気なことを考えていたのである。 さて、そんなオウスの視線の先では財布を持ったサダルが挙動不審気味にあたりを徘徊していた。 切れてしまったクレープの材料を買いに来たサダルは、スーパーがある通りの角を通り過ぎ、なにやら違った雰囲気の地区に足を踏み入れる。違うぞ〜などと呟きながらも、オウスは面白がって止める気はないらしい。 だが、しばらく追跡していると次第にその地区はよりうらぶれた感じになってきていた。露出の高いドレスをきてうろうろしている女、数人で黒塗りの車の脇で煙草を吸うヤクザ風の男達、パブやらスナックやらのさびれた看板、道端に捨てられた求人広告の冊子……。 いよいよ引き返させた方がいいんじゃないか、とオウスがビデオカメラを肩からおろした時、サダルが男に声を掛けられた。鞄も何も持っていない様子からしてこの通りの店の従業員か何かだろうと、オウスは予測した。夜の商売の男、というよりも、そう言った男たちを取りまとめている男みたいな貫禄と風貌であった。年の頃は40代といったところだろうか。額に縦に切り込まれた傷跡は男が堅気の商売をしていないことを示していた。男はサダルの肩に馴れ馴れしく手を置き、何か話しかけている。サダルは困ったように男から離れようとするが、男はしつこかった。サダルの腕を強引に掴み、自分の方に引き寄せた。 「……離してくださいっ」 サダルがそう叫んだ。だが大声を出されたことに焦ったのか、男はすばやくサダルの腰を引き寄せ、近くにある建物に引き摺りこもうとした。入り口にある看板にはこう書いてあった。 Hotel レジーナ・ビアンカ REST:¥3800〜 STAY:¥8800〜 「……やばいっ!!(汗)」 オウスはビデカメも打ち捨てて駈け出した。 これは、大変なことになる……! 二人の姿がホテルに消えた。もはや間に合いそうにない。 「……サダルー!!! ダメだ!!!」 ホテルに消えた二人に向かってオウスは声を張り上げた。入り口に辿り着いたその瞬間、オウスの顔面に勢いよく吹っ飛んできた男の体が直撃した。 「ぐえっ……(瀕死)」 「あぁっ! オウス! どうしてここに!?」 男の下敷きになったオウスのもとに、愛しい人の悲惨な姿を見て蒼白になったサダルが慌てて駆け寄ってきた。どうやら全くの無事のようだった。 「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」 サダルはオウスの上でぐったりと気を失った男をひょいっと放り投げた。男は道路の反対側のゴミ捨て場にグシャッと音を立てて埋もれた。 「いてて……遅かったか……」 「あ、あの……つい、いつものくせで。やりすぎたかも……」 「お前はなぁ、只でさえ馬鹿力なんだから、この時代の軟弱な奴らをまともに相手しちゃだめだよ」 「だって、あいつっ……服の中に、手、入れてきた……っ」 既に気を失っていた男はオウスの手によって血祭りにあげられた……。 「あぁっサダル! ごめんな、私は、お前がおろおろしている様を面白がって跡をつけたりして、肝心な時に助けてやれなくて……」 「(お……面白がって?/汗) い、いえ……別に、大丈夫でしたから……」 オウスはサダルを抱きしめ、熱烈にキスをした。 「あ、んっ……オウ、ス……」 「サダル、私の可愛いサダル……」 「オウスってば……キス、うますぎ……、んっ…///」 ……サダルの甘ったれた声の余韻を残して、二人はそのままさも当然のことのようにホテルへと消えて行った。 「…………」 「…………」 「……ま、まぁ、あとはお好きにってことで……」 「見なきゃよかった……(滝汗)」 ロックウェルは額を押さえてげんなりと溜息をついた。微妙な引きつり笑いを浮かべたフレデリックは「買い出し行こうか」と懸命に切り替えて声をかける。 道も聞かずに意気揚々と買い物に出かけたサダル(+ストーカー魔人オウス)を追いかけてスーパーに向かったものの、やはり不安は的中した。だがフレデリックの言うとおり、とにかく無事だったのだから後は各人の判断に任せればいい。 二人はスーパーに向かい、食材を購入した。とはいっても文化祭もあと数時間。しかも後半は大部分の人間がマーキュリーズのライブとその後のミスターコンを見に体育館に向かうわけだから、そんなに買い込む必要もない。お互いレジ袋一つを片手に下げて、再び学校へと来た道を引き返した。 「ライブ、そろそろ終わるよねぇ」 「だな。見たかった?」 フレデリックは曖昧に首をかしげた。どうやら見たかったわけでもないらしい。 そろそろ西日が強くなってきた。まともに肌をさす橙の光が暑い。フレデリックの髪も斜陽の色と同化し、橙に濡れている。丸みを帯びた広い額と、つんとした高い鼻筋、少し突き出た唇も同様に赤く照らされる。 「フレデリック。あのさ……」 「ん?」 腕時計を確認しつつ、フレデリックがロックウェルに視線を合わせる。その風貌の美麗さに、言葉を奪われた。頬にかかる髪をかき上げる仕草さえ様になる。男とも女とも断定しがたい中性的な風貌は、まるで別世界の人間のようだった。同じクラスの、それも友達であることなんか途端に信じられなくなった。 「……な、何? 見過ぎだから!」 「……そんな見てた?」 「めっちゃ見てた」 フレデリックはふい、と顔をそらした。心なし頬が紅潮してみえたのは夕日のせいだろうか。 ロックウェルはといえばすっかりいつもの調子を崩してしまい、うまい切り替えしが思いつかないほどであった。 (何だよ、全く、ただの友達じゃないか。しっかりしろ。年は一つ上ってだけで、ロベルトやらエミリオと変わらない、ただの同級生で……ただちょっと人より綺麗なだけで……) ロックウェルははたと思い立った。突然歩みを止めたロックウェルに、フレデリックは不審な視線を向ける。 「な……何(汗)」 「お前…………ミスターコン!!(汗)」 「あ……、うん。でも、いいよ、別に。もう少しで始まるし……」 「ばっか、何で言わないんだよ! 気付かなかった俺も悪いけど! ほら、行くぞ!」 道理でさっきから腕時計を気にしていたわけだ。ミスターコンは16時から。今は15時50分だった。ここから学校まで、歩いて25分ほどかかる。走れば15分ほどだろう。間に合わない可能性の方が高い。だがとにかく走るしかない。 走り出したロックウェルを追いかけて、フレデリックも走った。 すっかり失念していた。個人的な問題で頭がいっぱいだった。 フレデリックは乗り気でなさそうな素振りだが、年に一度の文化祭のミスターコン、それもここいらの地区じゃかなりレベルの高いと囁かれているハプスブルク高校のミスターに選ばれたとなればそれほど誇らしいことはないのだ。きっとこいつはわかっていない。それも文化祭の一番の目玉の行事、出場者がいないなんて事態はあってはならない。 「ロックウェル、もういいって……もう始まるし」 校門のところまで辿り着いたところでフレデリックが息を切らして立ち止った。校舎の時計台は16時を指している。体育館の方で大きな歓声が聞こえた。 「今始まったばっかだぜ。直で体育館行くぞ」 肩で息をするフレデリックの手を取り、二人は黄色い歓声を背中に聞きながら体育館裏に回る。手入れのされていない雑草のせいでズボンの裾が汚れたが仕方ない。 普段テニス部が休憩の時に座るのに使用している階段の先が裏口につながっている。そこからなら、ステージ裏の倉庫に直接行ける。 「はぁ……ほら、行けよ」 「……いい」 「は!? 何言ってんだよ、お前2年の代表なんだから……」 「いいよ、大体、キャラじゃないしさ。皆の前に立って、それっぽくアピールしなきゃいけないんだろ? 推薦してくれた誰かには悪いけど」 そう言うとフレデリックはもはや何も聞き入れないといった風に体育館の壁に背を預けてしまった。歓声はまだ続いている。2年代表の不参加の責任を多少感じつつも、盛り上がっているならいいか、とロックウェルも諦めた。司会はロバートだし、うまくやるだろう。 「ロックウェル」 「ん、何」 壁に背を預けたままのフレデリックは意味深にちらりとロックウェルの方を見やって、それから目を伏せた。続く言葉はない。何か用はあったのだろうと思って、ロックウェルは彼の前に立った。 それでもフレデリックは何も言わなかった。髪と同じ色の睫毛で青い瞳を隠したまま。 だがちらりと覗くその瞳の透明な蒼さに、ロックウェルは吸い込まれるような心地で、そっと顔を近づけた。顔にかかる影に気がついて、フレデリックも顔を上げる。少し乾いた唇に、ロックウェルは自分のそれをそっと重ねた。ただ重ねるだけのキスをした。 「…………え」 「あ、ごめん……つい」 つい、だなんて色気のないことを言うべきではなかったと後悔するよりも早く、フレデリックの腕がロックウェルの首に回された。そして今度はフレデリックの方から、唇を合わせてきた。ロックウェルはもっと熱いキスを返す。貪るような、情熱的なキスをする。しばらく何も聞こえなかった。あんなにうるさかった体育館の騒ぎも、全く遠くのものになった。聞こえるのは互いの唇が触れ合う湿った音だけだった。一分くらいそうしていたかもしれない。しばらくして離れた唇の間に透明な糸が伝った。 フレデリックの白い頬は、明らかに赤くなっていた。 「…………」 「……好きだ。フレデリック」 「……俺、は」 青い瞳が戸惑いを隠して左右に揺れる。フレデリックは恐る恐るといった感じで唇を押さえた。 「ごめん、驚いたよな。でもマジに……好き」 「俺……俺も、好きだよ……」 消え入るような声で言ったその言葉を、ロックウェルはすぐに理解することができなかった。フレデリックも既に下を向いてしまっていて、その真意は読み取れない。 「それ、マジで言ってる?」 「あのさ、マジじゃなきゃ、キスしないって……」 そもそも順番逆だよね、といって顔を上げ、はにかんだフレデリックを、ロックウェルは思い切り抱きしめた。 「えーー……というわけで、3年代表、ヨン・ホゲのアピールが終わりました! 素敵なダンスでしたねー。さて、審査員の得点は!? ……なんと、総合58点! 60点中58点、出ました、最高得点!」 マイクを通したロバートの司会に観客が沸き立つ。最前列を陣取ったチョクファンとイルスは感嘆の涙を流していた。 「さて、今までの部門の得点を合計すると……ヨン・ホゲ172点! 対して1年代表オウス、2年代表フレデリックは棄権ということで……0点! 圧倒的な点数の差を見せつけました、ヨン・ホゲが今年のミスターに輝きました!! おめでとーー!!」 観客の拍手にホゲは爽やかな笑顔で手を振ってこたえ、ステージを後にした。 「ホゲ様ぁ〜〜〜おめでとうございますぅ!!!! 素敵でした、特に最後のダンスのワイヤーアクションを使った空中でのトリプルアクセルなんて……私はもう感動してっ……(泣)」 「ホゲ様、お疲れ様です。おめでとうございます。……どうしたんです? 浮かない顔して」 煌びやかな衣装を脱ぎ捨て、制服に着替えなおしたホゲは出迎えたチョクファンとイルスを前にどんよりと肩を落としていた。 「ミスターたって、候補が私一人じゃないか……ミスターコンって、要はコンテストだぞ、コンテスト!候補者が一人しかいないミスターコンなんてあるもんか……」 あーあ、言っちゃった……という思いで何も言葉をかけられずにいる二人の前に救世主が現れた。 「ホゲ、おめでとう。すごくかっこよかったわよ」 「キ、キキキキハ! いや、その……あ、ありがとう。本当はあのダンスのところでもうちょっとアクションいれて、火花とか散らしたかったんだけど、ちょっとそこまで準備が回らなくて、」 「ホゲ、ミスターおめでとう! さすがだな。皆すごい興奮してたよ」 「タムドク! ありがと……って、あれ? あの……」 ホゲは目を点にした。なぜなら、キハの腰にはタムドクの逞しい腕が回されていたからだ。 ホゲの視線に気がついたキハが言った。 「あのね、私たち、付き合うことになったのよ」 「突然で驚いただろ。そういうわけだから……」 「ホ、ホゲ様―――!!??(滝汗)」 ホゲは意識を飛ばした……。 心配性のチョクファンが即座に呼んだ救急車の音で、ハプスブルク高校の文化祭は無事(?)幕を閉じたのであった……。