ごった返す廊下を両手にクレープを持ってなんとか練り歩き、聞き耳はようやく1年3組の教室に戻ってきた。高校生のお化け屋敷なんてたいしたことがないのはわかりきっているのだが、それでも何人か入り口のところに列を作って並んでいる。怖さなどもちろん期待はしていないだろうが、自分達の催しものに何かしらの楽しみを持たれているということに悪い気はしない。


「……なんで!? 一緒に行くって言ってたのに」

「だから、悪いって。俺だってお前と行きたかったけどさ、断るわけにはいかないし……」


声のするほうに目を向ければ、廊下でカシウスとブルータスが何か言い合っていた。なんだろうと眺めているとクレープの依頼人、イサベルに声をかけられた。


「ありがとー。いくら?」

「300円。なぁなぁ、あの二人どうしたんッスか?」

「んーなんかね、オウスがいきなり用事が出来たとかで、代わりをブルータスに頼んだのよ。ほら、お化け役。ま、カシウスとブルータスで一緒に回る予定だったんでしょ」

「それでカシウス怒ってるんスか?」

「じゃない? もとはといえばオウスが悪いわよね」


イサベルはクレープをほおばりながら肩をすくめて見せた。彼女は上からこんにゃくをたらす役である。単純な仕掛けに意外にも客は驚いてくれるものの、一瞬しか出番が無く暇で仕方ないらしい。

ブルータスは両手を合わせてカシウスに謝り、カシウスはしぶしぶといった感じで頷いた。カシウスの肩を軽く叩いて、申し訳なさそうな笑顔で頭を下げるとブルータスは教室に入っていった。


(うーん……。まずい予感……)

いつものパターンだと絶対に泣く……。そう感じた聞き耳は、息を潜めながらカシウスの様子を見守っていた。突然カシウスが、気配でも感じたのだろうか、聞き耳の方を振り返った。目が合った瞬間、今にもぶわっと泣き出しそうな表情になった彼のもとに、慌てて聞き耳は駆け寄った。


「何スか、大丈夫? 喧嘩したんスか?」

「……喧嘩、してない。喧嘩じゃない」


とは言いつつもカシウスはぐっと俯き、喧嘩はしていないけれどもそれに近いことがあったことは間違いなさそうだった。


「ブルータスと回れなくなったとかッスよね? でもしょうがないじゃないッスか、誰かが穴を埋めなきゃいけないんだから……そんなに長い間じゃないんだから、待ってれば」


カシウスはふるふると首を振った。


「違う、それはいいんだ。でも、でも……だって」

「だって、何スか?」

「……キアと、二人なんだ」

「え?」

「ポルキアと、二人なんだよ。オウスさ、机の下で、ポルキアと二人で、ずっと待ってる役で……」


あぁ、と聞き耳は合点がいった。そういえば役割分担の際のホームルームでオウスがやたらと張り切ってポルキアと一緒のお化け役に立候補していた。このクラスでの本命はポルキアにしたのか、なんて思った記憶がある。あんなに気合入ってた割に当日にドタキャンなんて一体何があったのか。
だが今はそんなことはどうでもいい。目の前の今にも泣き出しそうになっている男を何とかしなければ。
例え一度はブルータスがはっきりと振ったとはいえ、彼を好いている女の子と二人きりなんていい気持ちはしないだろう。
少し考えて、聞き耳はなんとか打開策を提案した。


「いいよ、じゃあ俺がブルータスと交替してきてやるッスよ。そのかわりなんか奢って」

「……やだ」

「…………(汗) じゃ、なんも奢ってくれなくていいッスから。ブルータスに話つけて……」

「だから、いいってば! そんなん意味ない。聞き耳が代わってくれたって、ブルータスが気付いてくれなきゃ意味ない」

「カシウス……」

「聞き耳、一緒に回ろうよ。俺行きたいとこあるんだ」

「どこ?」

「……メイド喫茶」

「……………(汗汗汗)」







「ちょっと、生クリームない?」

「もうないわよ」

「は? ないの?」


クレープの生地をひっくり返しながらロックウェルはアンに聞いたが、彼女はほら、と空になった生クリームのパックの束を見せてきた。ロックウェルの記憶ではつい30分ほど前くらいに10箱くらいは手付かずのパックが残っていたはずである。


「なんでもうないわけ? さっき買ったばっかなのに。サルメ、そっち残ってる?……ってなんでサダル泣きそうなの?(汗)」


隣の調理台でクレープ作りにいそしむサルメの横ではなぜかサダルが涙をこらえてふるふると震えていた。
サルメはそんなサダルの肩を優しく撫でてやったが、サダルは大きく首を振ってうつむいた。
そしてか細い声で「ごめん」と言った。おそらくロックウェルに言ったのだろう。


「な……何が(汗)」


サダルの深刻な謝罪の声色にロックウェルは嫌な予感がした。
サルメが代わりに答えた。


「さっきさ、ルドルフの奴が教室に来て、ミルクを注文してきたんだ。それで、サダルが対応したんだけど……」

「だけど?」

「……こいつ、牛乳と生クリーム間違えちゃって……」


サダルはいきなり戦国時代の武士のように片膝を立ててロックウェルに頭を下げだした。アンは本気で驚いて後ずさった。


「申し訳ない……!」

「お、おい! やめろよ!(汗) そんなんいいから、ミルク一杯分くらい、全然大したこと無いんだ。サダル、大丈夫だから……」

「いや、その……ロックウェル。……杯なんだ」

「え?」


合わす顔がないといった様子で頑として顔を上げないサダルの代わりにサルメが気まずそうに言った言葉をロックウェルは聞き逃した。というより、聞かなかった事にしたかった。


「だから……その……500杯……(汗)」

「………………(滝汗)」


調理室全体に沈黙が下りた……。


「ご、ごめん!!!(泣)だって、ルドルフが『ミルク風呂つくる』っていうから……」

「あ、そう……」


ロックウェルは半ば放心状態で頷いた。しかしミルクを500杯用意するサダルを誰も止めなかったのだろうか……。おそらくみんな面白がって見ていたに違いない。
サルメはサダルを立たせて、よしよし、と慰め始めた。きっとこの兄の甘やかしぶりがサダルの非常識の原因だろう。

ともあれ、次から次へと伝えられるクレープの注文には生クリームが絶対必要だし、いっそ全部バターシュガーでごまかすか、と考えてロックウェルはぶんぶんと頭を振った。料理の腕には自信のある彼のプライドが許さなかったらしい。

それにしてもルドルフは結局『生クリーム風呂』に浸かったのだろうか……ふと気になったロックウェルだったが、数秒後そんなことどうでもいいことに気がついた。


「いーよ、サダル。ないものはしょうがないんだから、とりあえず今から買ってきてくれる?」


ロックウェルの言葉にサダルは使命感に燃えた瞳を輝かせた。この命に代えても、とでも言わんばかりの勢いで財布を手にし、廊下に向ったサダルだったが、その行く手を阻むものがいた。


「サダル!!! 迎えに来たぜーーー!!!!(投げキッス)」

「げっ……オウス……(汗)」

「可愛い可愛い俺のサダル、会いたかったよ……って『げっ』って何!?(汗)」

「私、今から用事あるんです」


扉の所でガバッと両手を開いて愛しの花嫁の受け入れ態勢万端のオウスをぐいと押しのけてサダルは廊下を駆け抜けていき、あっという間に見えなくなった。その速さはといえばオリンピック短距離走の黒人選手並みである。さすが、体が資本の古代人。


「え……えぇぇ!? サダル??(汗汗汗)」


いつもならありえないサダルの行動に困惑するオウスに、ロックウェルが事情を説明した。


「なるほど。サダルは責任感が無駄に強いからなぁ。しかし……お使いサダル……なんかはじめてのお使いっぽくていいかも……☆(キラーン)」


オウスはビデオカメラを肩に担いでサダルを追って消えていった……。


「なんか……不安だなぁ(汗)」

「俺、ついて行こうか」


フレデリックが名乗り出た。そういえば今日一日フレデリックと話していなかった。担当の場所と時間がずれていたせいで、顔を合わせることがなかった。昨日、ロベルトにぶっちゃけてしまったこともあってか、彼と目が合うだけで胸の奥がカァッと熱くなる。まるで今まで本でも読んでいたかのようなすっきりとした身なりで、少し首をかしげてロックウェルを見つめるフレデリックはやはり他の奴らとは違う……と、フレデリックを神格化するロックウェルだったが、真相は大体の時間をさぼっていたためである。


「お客さんも空いてきたし。ほら、三時から体育館でライブあるじゃん」


時刻は14時半。マーキュリーズという80年代の香りを感じさせるイケメンバンドのライブは昨年も大盛況だった。
既に財布を手に取りながら、「どうする?」とフレデリックは首をかしげる。


「じゃあ……誰か、もう一人一緒に」


ロックウェルは辺りを見回す。本当なら自分が一緒に行きたいところだが、皆ロックウェルの料理の腕を見込んでキッチンをほぼ任せているので、この場を離れるわけにもいかない。それに、昨日のロベルトの態度を思い返すと、どうもフレデリックに対して踏み切れない自分がいる。
暇そうにクレープ生地を練っていたエミリオが、立ち上がった。フレデリックに目を合わせて、口を開くと同時に、ぶっきらぼうな声が窓際から飛んだ。


「ロックウェル、行けよ。俺キッチンやるから」

「ロベルト……」


窓枠に腰かけていたロベルトはひょいっと降りるとロックウェルに近づく。


「貸せよ、これ丸くして焼けばいいんだろ」

「お前……」


ロベルトは見よう見まねで生地を焼き始める。自分にもできることを証明して見せ、早く行け、と目配せした。


「悪い」

「……バーカ」


ロックウェルとフレデリックが教室を出て行くのを見送り、ロベルトはエミリオを呼んだ。


「エミリオ。出番だぞ」

「え? 何?」

「後は任せた」


ロベルトは調理器具をエミリオに押し付けた。


「は!? ちょっ……ロベルトがやるんじゃないの!?そういう雰囲気だったよね!?(汗)」

「お前なぁ、俺が料理なんてできるとでも思うのか?」

「えぇ〜〜! じゃぁロックウェルに任せておけばよかったんじゃ……」

「エミリオ……俺はこれでもお前のこと信頼してるんだぜ。ロックウェルにできて、お前に出来ないわけないだろ」

「ロ……ロベルト」

「じゃ、そーいうわけで、がんばれよ! 俺マーキュリーズ見に行ってくるわ☆」

「ちょっ……ちょっと待て―――!!(滝汗)」


ロベルトはすたこらさっさと教室を後にした……。









文化祭編、次でラストです!