夕飯をはさんでしばらくして、時計も10時を回ったころには、王様ゲームはいつのまにやら続々と参加者がいなくなり、急遽ファンを呼び戻したものの、最後にはなぜかファンが一人で6人分の割り箸を持っていた。
フレデリックとロベルトは割り当てられた部屋に行き、ロックウェルはといえばプルミタスとともに外に出ていた。

田舎の、それも山の中とあって、見上げればたくさんの星達が紺色の闇を埋めていた。綺麗だけど、あまりに見慣れない星の数はどこか作りものめいても見える。


「星、よく見えますね」

「だろ。たまに都心のほうも行くけど、あっちは空気がまずくていけないな」

「へぇ……たまに行くんですか(まさかその黒装束で……?/汗)」

「なぁ、ロックウェル」


空中に向けていた視線をロックウェルに合わせて、プルミタスはそばにあったベンチに腰掛けた。ロックウェルも隣に腰を下ろす。ベンチはひやりと冷たい。


「お前、あの子のこと好きなのか?」

「あの子って……」

「金髪の子」

「……いやいや、ありえないですよ」

「なぜ?」

「だって、友達だし、男だし。普通に考えて、ないですよ」


プルミタスはロックウェルをじっと見つめた。言葉の真意を測るように。その視線に耐えられず、ロックウェルはふい、と視線をはぐらかした。小さなため息が聞こえた。


「そうかな。俺は、お前絶対あの子のこと好きなんだなって思ったけど。さっきの見て」

「あれは、だってゲームだし……」

「へぇ?」


悪質に口の端を上げて、プルミタスは上目遣いにロックウェルを見た。何もかもわかっているような瞳で、だが、ロックウェル自身何が真実なんてわかってはいなかった。


「それって、自分に言い聞かせてるんじゃないか?」


プルミタスの言葉が核心に突き刺さる。
正直、意外だった。クールで硬派そうなプルミタスと恋愛話をすることになろうとは。しかも言っていることは的を得ているように思う。
ロックウェルは肘を太腿について、観念したように両の手で顔を覆って髪をかきあげた。


「……正直、好きとか、よくわかんないんですよね。今までも、女の子なんてちょっとかわいくて、それなりに校内で有名で、連れて歩いてて自慢できるような子って基準で選んでたし。もちろん付き合ってるときはそれなりに好きで、夢中になってたけど。今じゃ好きだった理由も思い浮かばない」

「まぁ、若いからな。高校生なんてそんなものだろ。でもあの子は? 恋愛感情抜きにして」

「それも、よくわからない。恋愛対象じゃないとも言い切れないし、そうだとも言えない。ロベルトなんかは完璧親友って感じだけど、フレデリックはどうも、違うような。ほんと、わかんないんですよね」

「へぇ」

「…………」

「…………」

「…………(聞いといて反応それだけかよ!/汗)」


唐突にプルミタスは立ち上がった。星を見上げて目を細めて、ロックウェルを見下ろす。


「俺はさ、昔くだらないことで兄さんと喧嘩して、家、出てったんだ」

「え……そうだったんですか」


小さく頷く。


「でも、俺は兄さんのことすごく好きだったから。家出てったのが中学生のときかな。それから10年くらい一人で生活してて、その間いつも兄さんのこと思い出してて。心のどっかで、俺のことを見つけてくれるんじゃないかって思ってた。可愛い弟を心配して、探して、見つけて。謝ってくれるかなって。ま、実際謝るほどのことでもなかったんだけど……。でももちろんそんなことはなくて、しょうがないから俺、自分で戻ったんだよ。そしたらどうだ。兄さんは既に結婚と離婚を経験済み、今はあの通りドンニャに夢中。俺のいない間に、兄さんは兄さんで勝手に幸せになったり不幸になったりしてたわけ」


プルミタスは淡々と話した。ロックウェルの反応も待たず、言葉を続ける。


「兄さんに対する気持ちは恋愛感情なんかじゃないさ。ただの兄弟愛といえば、それが正しいと思う。でもな、この10年間、俺がずっと必要としてたのは間違いなく兄さんだったんだ。俺のいないところで難なく満ち足りた生活をしていた兄さんに、ショックも受けたよ。兄さんの方は、俺を必要とはしていなかったってことだろ。……後悔したよ。出て行かなきゃよかったって。つまんないことで腹立てないで、仲直りしておけばよかったって。そうすれば少なくとも兄さんの人生に俺は大きく関われたのに」


寂しさが声ににじんでいた。プルミタスは踵を返す。


「だから、お前も後悔しないようにって思っただけ。なんか、お前見てて、昔のこと思い出しちまってな」


ロックウェルが立ち上がったのを確認して、戻るか、とプルミタスはドアノブに手をかけた。扉が開く前に、ロックウェルは声を投げた。


「プルミタスさん。貴方が家を出て行った理由って……」

「…………」



ドアノブにかけられた手が止まる。プルミタスの頭の中を過去の情景が駆け巡る。





…………。





「プルミタス、今日はすき焼きだぞ♪」

「本当!?やったね、兄さん!」

「ほら、お皿貸せよ。よそってやるから」

「うん、ありがとう。兄さんの、俺がよそってあげる」

「ありがとう、プルミタス。熱いから気をつけろよ」


あのときの湯気の白さや熱を今でも覚えている。俺達の家は貧乏だったからすき焼きと言ったらそれはご馳走だったんだ。ちょうどその頃俺は中学生になったばかりで、2つ上の兄さんと同じ学校に通えることが嬉しくて仕方が無かった。いつも兄さんに助けられているように、俺も兄さんを助けてやりたいと思っていた。兄さんがしてくれることと同じことをしてやりたかった。
今思えば、俺は本当に子供だったんだ。


「あれ、うまくとれないや……待ってね、兄さん、今とってあげるから……あれっ」

「プルミタス、箸使うの下手だなぁ。豆腐は崩れやすいんだから、もっと優しく取らなきゃ。ほら、こうやるんだよ」

「!!」

「ほら、こうすればうまく……あれ? どうした、プルミタス?」

「…………お、俺が兄さんによそってあげるはずだったのに……」

「え? あ、あぁ、ありがとな。でもほら、兄さんもう取っちゃったから……ほら、これ、プルミタスの分」

「!!」

「ど、どうした……プルミタス(汗)」

「お、俺の……肉ばっかじゃん! なんで兄さんのは豆腐かもやししか残ってないのに、俺に肉ばっかりくれるの!?」

「え? いや、ほら、プルミタスは肉好きだろ? 兄さんは豆腐ももやしも好きだし……」


俺は力任せにテーブルをぶっ叩いた。熱いすき焼きの乗せられたお皿が跳ね上がって、少しだけこぼれた。


「俺……俺が兄さんにとってあげる予定だったのに! 豆腐とかもやしはちょっとで、肉一杯あげる予定だったのに!! 兄さんの、バカーーーーーー!!!!」

「プ……プルミタスーーー!! 戻ってこーーい!!(汗汗汗)」





…………。





「あ、あの、プルミタスさん?(汗)」

「いや、ほんとにくだらないことなんだ……(遠い目)。ほら、戻るぞ、ロックウェル……」

「あ、はい……(聞いちゃまずかったかな……)」






その夜。

プルミタスにおやすみを言って部屋に戻ってきた頃には、明かりも消えていてフレデリックとロベルトは既に眠っているようだった。ドアの隙間からわずかに見える明かりを頼りにロックウェルは空いている布団にもぐりこむ。


――後悔、か。


そういえば聞き耳の奴も似たようなことを言っていた気がする。気がついたときにはもう遅い、と。
だが正直、自分にとってフレデリックが必要だとも思えなかった。どちらかといえばロベルトのほうが必要といえば必要な気がする。そもそも必要とはどういうことだろう? 別に今のところひとりで生活できているし、友達もいる。恋人はいないけど、とくに欲しいとも思わない。
では、自分にとってのフレデリックは、プルミタスにとってのファンとは違うのだろうか。それとも、後悔してから必要であったと気付くのだろうか。失ってからそのものの大切さに気付く、とはよく言うことだけれど。

フレデリックに対する気持ちは、必要というよりも、欲しい、という気持ちに近い。独占欲というか。そう、彼が他の人間と話していると、嫌な気持ちになることがある。例えばエドガーだ。それともそれは相手がエドガーだからだろうか。

規則正しい寝息が二対聞こえる。確か横にいるのはフレデリックだ。そっと顔をむける。
フレデリックはロックウェル側に体を倒して眠っていた。金の髪が闇の中でもうっすら光を発しているように見える。目は硬く閉じられていて、形のよい眉は少しだけ寄せられているように見えた。心地良い夢を見ているわけではなさそうだ。
薄く開かれた唇に視線を移す。決して肉厚な唇ではないが、中心のあたりはふっくらしていて柔らかかった……と、そこまで考えてロックウェルは顔をしかめた。
さっきのキスの感触がリアルに思い出される。彼を好きなのか? キスの感想としては、良かった。男だからといって嫌悪感はこれっぽちもないし、寧ろ……。
体を反転させて天井を見上げた。苦々しい嘆息を一つして、両目に腕をかぶせた。
好きとか、好きじゃないとか、それが恋愛感情だとか、友情だとか、たぶんそんなのどうだっていいんだ。プルミタスが言ってたのはたぶんこういうことだ。


(要するに、素直になれってか)


彼が好きか? 好きってなんだろう?
でもきっと彼は自分にとって特別な気がする。





翌日、プルミタスとファンに案内されてロックウェルたちは森を出た。さすがに行き来し慣れているようで、二時間足らずで麓のチーズ工房までたどり着くことができた。
東○にきたときには遊びに来てくれなんて話をして、彼らがいつかネット回線を持ったときのために携帯のアドレスを渡して彼らは別れた。






「あー!三人!どこ行ってたんだ!?」
 

大声で出迎えたキッドとエミリオに簡単に成り行きを話せば、思いがけず二人は羨ましそうな顔をした。
 

「こっちなんか最悪だよ。一組のやつらがさぁ、ほら、あの二人組……、何考えてんだか牧場の囲いを開けちまって」

「そう! それで牛がみんな逃げ出しちゃって俺ら昨日一日捜索活動。まぁ遊んでたけど」

 
ため息と共にエミリオがちらりと横目で見やる。
腕組みして学生服の二人を見下ろす男が一人。いかにも農場っぽい服装からして、きっとプルミタスたちが言っていたチリーパだろう。
どうやら問題児コンビのお陰でロックウェルたちの不在は対して気に止められていなかったらしい。
学生服の二人は言うまでもなくアルマンドとジョルジュで、二人は身振り手振りで何かを弁解しているように見えた。


「相変わらずだねぇ」

「あぁ……(汗)」

 






*************

 






「違うんです、この牛は実はジョルジュが昔可愛がってた子牛で……」

「そ、そーなんです! あぁ、会いたかったよロックウッド!」

「それは嘘だろ!(汗) てか名前かっこいいな!(滝汗) ちょっと、トート先生、あんたも担任なら何とか言ってやってくださいよ!」

「……ちょっとゲロを吐いてもいいか」

「いいわけねーだろ!(汗) 何考えてんだあんた!(汗汗汗)」


この年以来、チリーパの工房はハプスブルク高校の生徒を招くことはなかったという……。