一方──。





 
 
「ねぇ……今、音しなかった……?」

「したようなしないような……」

「……ほら!今した!」

 
フレデリックは素早く後ろを振り返った。

……何もいない。それでも安心しないのか、彼は怯えた瞳で周囲を見渡した。
 

「フレデリックびびりすぎ〜。大丈夫だって!」
 
一体なんの根拠があるのか、無責任なセリフをロベルトがのたまうと、後方から少し遅れてきたロックウェルがピタリと動きを止めた。ゆっくりとフレデリックの背後まで近づくと、警戒して辺りに目を走らせる。
 

「いや、なにかいる……」

「!?!?!?」

 
ロックウェルの言葉にフレデリックはビクーンと肩を揺らした。思わずロックウェルの腕を掴んで暗がりを作る木々から離れる。
 

「どっどこ!?(汗)」

「ほら、段々近づいてきてる……足音が」

「え、どこ……」

「…………」

「ねぇ……」

「…………………わっ!!!」

「うわぁぁあああッッ!!!(泣)」

 
フレデリックの絶叫が木霊した……。

 
「あっはっは!!作戦成功〜」
 

腹を抱えて笑うロックウェルは掴まれていた腕をフレデリックにグイッと引っ張られた。
 

「………やめろ!!(怒)」

「……す、すいません……(汗)」


(……やめろって言われた……/汗汗汗)
 




……そんなこんなで歩くこと小一時間。
いよいよ森は深くなってきていた。道らしきものも段々になくなってきて歩きづらい。如何にも熊でも出てきそうな雰囲気だが、今のところ熊がいたという形跡はなかった。見たのは野生の鹿を一匹のみ。まだ子供のその鹿は、人間が珍しいのか少し距離をとって恐る恐る三人の後をずっとついてきている。
 
ふとフレデリックが後ろを振り返った。その視線の先をロックウェルが追った。


「どうした、フレデリック」

「うん……あのさぁ、道がもうなくなってるじゃん。帰り、わかるかな……」

「……確かに(汗)」

 
フレデリックとロックウェルは顔を見合わせて冷や汗を垂らした。そんな二人に、先頭切って歩いていたロベルトがニヤリと笑って二人に顔を向ける。
 

「その点は安心しな!この俺がちゃーんと目印つけといたからな!」

「目印?」

 
ロベルトは持っていた袋をヒラヒラと見せた。それは、飛行機でフレデリックにもらったプレッチェル。どうやら目印に道なりに置いてきていたようだ。
 

「おぉ!ロベルト、たまには役立つことするじゃん」

「へへ〜♪」

 
誉めているのか貶しているのか判別のつかないロックウェルの言葉にロベルトは気を良くしたようだった。
フレデリックは安心したようにほっと一息ついた。
 

「……帰れないとか、マジでシャレになんないからな。ロベルト、ありがとう」


三人がほころんだ笑顔を見せて、さあ、先に進もうと踵を返したとき、背後からパリッと何かが割れる音が響いた。何かがロベルトの置いたプレッチェルを踏んだような音。……まさか、熊!?とすばやく三人は振り返る。


「……びっくりした……。こんな近くまでついてきてたのか」


その正体は例の小鹿だった。見れば三人のすぐ後ろまで迫ってきており、鼻先で草むらをいじっていた。顔を上げた小鹿は再びパリパリと小気味良い音を立てた。もごもごと動かす口元から……。


「…………」

「…………」

「…………」


ひんやりとした沈黙が三人の間に降りた……。


「……ま、まさか、こいつがついてきてたのは……」

「あぁー!ダメ!言うなっロックウェル!!悪いことは口にしたら現実になるって言うじゃん!!(汗)」

「そ、そうだぜ、ロックウェル!ほら、こいつの可愛い顔を見てみろよ、こいつが俺達の大切な道しるべを食っちまうなんてことあると思うか?なぁ、お前」


ロベルトは小鹿の頭をやんわりと撫でた。……が、近づいたその隙に、小鹿はロベルトが持っていたプレッチェルの袋を奪い取って軽やかに逃走した。一蹴の出来事に三人は固まった。


「…………」

「何、これ。つまりどういう状況だ?」

「さぁ。俺全っ然そういうのわかんない」


引きつった笑顔を作るロックェルに、フレデリックが外人のような仕草で両手を広げて肩を竦めた。


「つまり帰り道がわからなくなっ……」


ロベルトの言いかけた言葉をフレデリックが指を突きつけて制した。


「!!違う!!そんなことない!Everything’s gonna be all right, Okay!?」

「フレデリックが混乱のあまり英語になった!!(滝汗)」


「いや、落ち着けよ、フレデリック(汗)まぁ、帰り道はわからなくなったわけだけど、携帯もあるし、誰か呼べば大丈……」


二人を安心させるように、いつものように上から目線の笑顔を作って、ロックウェルは携帯電話を後ろポケットから取り出した。

……開いた携帯のディスプレイには『圏外』の二文字。

携帯を見つめて固まるロックウェルの様子を、フレデリックとロベルトは、期待と不安が入り混じった面持ちで見つめていた。ロックウェルはパタンと静かに携帯を閉じてポケットにしまった。


「……なぁ、なぁ、ロックウェル、まさか……(汗)」

「……おもしろいほど絶望的な感じ……(汗)」

「いや、マジで無理……今そういうの受け止める自信ない」

「フレデリック、現実は厳しいんだ……(遠い目)」


静かになった三人の頭上で鳥が羽ばたく音がした。不安と虚しさがその場を包む。


――鳥のように自由に空を飛び、永遠の青の天空にいけるなら……俺達もサクッと帰れるのに……。


……などと、某ミュージカルのワンフレーズを思い出しながら非現実的な希望をロックウェルが抱いたとき、ロベルトが声を張った。


「って、待った待った!とにかくさぁ!熊を仕留める!これが俺達の目的だぜ!やつを見つけるまではどっちにしろ帰らないんだから。よっしゃ、行くぜー!!」


急に元気を取り戻したロベルトは意気揚々と更に先へと進んでいった。どうやら彼は帰れないという不安をスリルとして楽しむ事に決めたらしい。ともあれ、どんよりとしたこの空気の中、ロベルトの馬鹿みたいなはしゃぎっぷりは有難い。


森が深まれば深まるほど、景色は変遷していった。耳を劈くような甲高い鳥の声、馬鹿でかい蝶々、鮮やかな緑……。
肝心の熊は出ないものの、ガラパゴス諸島にでもいそうなカラフルな鳥がいたり、馬鹿でかい爬虫類がいたりとあたりは物騒になっていた。最初こそおびえていたフレデリックだったが、もはや開き直ったのか、トカゲをドラゴンに見立てて勝負を挑んだり、「スライムがいたら仲間にするのに……。それでスラりんって呼ぶのに……」などと意味不明なことをのたまったりしていた。やっぱりこいつちょっと変だ、と思いつつ、ちょっとかわいい……などと思ってしまう自分が一番変なのではないか、と自己不信に陥るロックウェルだった。





「熊、いねーなぁー」

「熊どころかジャングルみたいになってきたぞ……(汗)」


その時だった。
遠くから地鳴りのような音が聞こえたかと思うと、地面が揺れた。ゴジラの足音のような地響きとともに、周囲の木々がなぎ倒されて裂ける音が混じる。
段々と近づくその音に、三人は顔を見合わせた。


「な……何の音だ?」

「……あ、あれだ。ほら。なぁんだ、牛か」

「!!!!!(汗汗汗)」


フレデリックの示す方向を見ると……確かに牛がいた。
ただし、馬鹿でかい大きさの。二階建ての一軒家くらいの大きさだろうか。
こんな化け物に踏まれたら……間違いなく死ぬ。


「で、でたな!熊め!」

「熊じゃねーよ!!(汗)」


戦闘体勢に入るロベルトを一喝し、ロックウェルはその牛を見上げた。
その怪物は……やたらと目が血走っており、鼻息も荒い。まさにプッツン状態のその牛は、悠然と三人を見下ろした。巨大な影が三人に降りる。


「ま、まずいぞ……」

「逃げよっか……」


ロックウェルとフレデリックは目を合わせると、互いに頷いた。臨戦態勢で物騒にも両手に短剣を装備したロベルトの腕を引っ張り、フレデリックが駆け出した。その後を追おうと足を踏み出したロックウェルだったが、左足が動かない。


「ロックウェル!何やって……」

「……先行け!」


前方の二人にそう叫んで足元を見ると、木の根の間にちょうど足首まで挟まっている。きつく締められた硬い木の根はそう簡単にロックウェルを開放してくれそうにない。舌打ちしつつ、迫り来る影にハッと振り返ったとき、猛牛の興奮した目が妖しく光った気がした。
来る衝撃に覚悟してロックウェルはぎゅっと目を閉じた。

だが、なかなかその衝撃は来ない。恐る恐る目を開ければ、猛牛の足の付け根のあたりに光る何かを見つけた。ロベルトが持っていた短剣だ。あの巨体には大したダメージは与えていないだろうが、牛の注意はロックウェルから完璧に逸らされていた。
ますます鼻息を荒くして前足をその場で蹴る猛牛の視線の先には……フレデリック。キッと牛を睨みつけて少しずつ後ずさりしている。


「何で……」

「おい!足!動かすな」


いつのまにかロックウェルのもとにはロベルトが駆け寄ってきていて、ロックウェルの足に絡みつく根に短剣を当てた。なぜかやたら手馴れた手つきでロベルトがそれらを切断すると、ロックウェルの足はようやく自由になった。だが、動けることに安心している場合ではない。今危ないのは自分ではないのだ。

猛牛が頭を揺らす。前足を蹴る。そしてフレデリックに視線を合わせた。


「まずい……っ!」


二人は駆け出した。だが、フレデリックは二人から大分距離をとっていた。猛牛の気をそらすために、離れたところにいるフレデリックのもとにはすぐにはたどり着けそうにない。

大きな音を立ててフレデリックに襲い掛かる猛牛と、反射的に手をかざして防御体制をとるフレデリックの姿が見えた。
ドクン、と心臓が大きく鳴った。


「フレデリック!」


ロックウェルはあらん限りの声を張った。が、その時。


「そこまでだっ!!」


どこからか凛とした声が響き、猛牛の動きを止めた。いや、動きを逸らした。
猛牛はピタリと止まり、あたりをキョロキョロと見渡すと、何かに導かれるようにフラフラと歩き出した。

その隙にロックウェルとロベルトはフレデリックの元に向かった。


「フレデリック!大丈夫か!?」


フレデリックは驚いたように二人を見返し、少し息を弾ませながら大きく頷いた。





「……ほら、こっちだ!こっち!こっちだって!ちょっと、聞いてるのか!?」


先ほどの声の主がなにやら牛を誘導しているようだ。催眠術にかかったように牛はおぼつかない足取りで声のもとへ向かっていたが、やがてわけがわからなくなったのか首をかしげると、また三人のほうにのろのろと戻ってきてしまった。


「わっ来た!!(汗)」

「今度こそ逃げるぞ!」


三人が踵を返そうとしたとき、鋭く空気を裂く音がして、突如猛牛の動きが止まった。一瞬目を見開いたかと思うと、バリバリと木をなぎ倒しながらゆっくりと横に倒れた。
猛牛がそのまま動かなくなると、あたりは静寂に包まれる。


「……??」


「お前ら、大丈夫か」


倒れた牛の影のあたりに人影が見えた。
暗がりから出てきたのは銃を携えた長髪の男。さっきの声の主ではないようだ。黒装束に身を包んだこの男の声はもっと低く、落ち着いていた。ちなみに、黒装束とは言ってもトート先生ではない。


「大丈夫です。あの、ありがとうございます」


「お……おい!折角俺がマチルダを引きつけてやってたのに、撃つなんてどういうつもりだ!?」


喚き声とともに反対側からもう一人、男が出てきた。この声は、最初の男の声だ。


「あぁ、ごめん、兄さん……。でも失敗してたじゃないか……」

「なっ何ぃ!?失敗じゃない!断じて成功だ!失敗という名の成功だ!」

「…………。とにかく、お前ら、怪我はないか?」

「む……無視するな!!(汗)」


ロックウェルが大丈夫だと言いかけたとき、ロベルトがロックウェルの足もとを軽く蹴った。


「……!!いってぇぇ!!!(汗)何すんだよ!!」

「足、怪我してんじゃねーか。血ィでてるぜ」


呆れのため息を吐きつつ、ロベルトが言った。確かに今まで気がつかなかったが、木の根にはさまれていた足首の辺りの制服にはじんわりと血がにじんでいる。そうとわかれば段々と痛みが認識できるようになってくる。
長髪の男が屈んでロックウェルの足首の傷を見た。


「結構、切れてるな。全くなんだってこんなところまで……。俺達の家に案内するよ。そこで手当てをしてやる」


長髪の男は冷たく威圧するような口調だったが、自分達を助けてくれた上に手当てまでしてくれるようだ。悪い人ではないだろうし、このままここで放置されても自分達には行き場がない。三人は男についていくことにした。


「やぁやぁ、人が来るなんて何年ぶりだろう!君達、ゆっくりしていきなよ!」


そういえば、このちょっと頭が軽そうな人、さっき兄さんとか呼ばれていたような……。似てないけど一応兄弟なのか……。
そんな失礼なことを考えつつ、ロックウェル達は二人の兄弟に連れられて更に森(というよりジャングル)の奥深くへと進んでいったのであった。




続く♪