「あぁー!!超悔しい!!」
「勝てたんだからいいじゃん。俺ら超チームワークよかったしっ」

折角宇宙と一体になれたのに……などと常人には理解できない次元のことを考えながら先ほどの試合を悔しがるロックウェルの肩をフレデリックが叩く。互いに砂埃の所為で体操服も顔も汚れていた。袖で顔の砂を拭い、汚いー、とフレデリックは声を漏らした。

「でも最後すごかったよね、エドガー先輩!」
「……何だって?」
「あ……と、ロックウェル♪(汗)ロックウェルもめちゃめちゃボール速かったしさ」
「……ってか俺ぜーったいあいつのボールとれた!あー時間にならなければなぁ……」
「……ロックウェル、かわいい(笑)」
「は!?(かわいい?)」

……お前のが可愛いんだよコノヤロー!!……と叫びそうな気持ちをこらえてそっぽを向けば、フレデリックはロックウェルが照れているとでも思っているのか、微笑ましく笑っていた。




「おーい!ロックウェル!フレデリック!」
「あ、ロベルト!」
「サッカーはどうだった?」
「ソッコーで終わったよ。俺とキッドが同じチームいたら、もう試合になんないよ」

ロベルトはただでさえ色黒なのに、砂埃で更に真っ黒くなっていた。彼の後ろには数人の女子がカメラを片手にひそひそと何か話しているのが見えた。
彼女らはロベルトのファンである。高校くらいだと、スポーツの中でも特にサッカーの上手い人はもてはやされるのだ。モテたいから、という不純な動機でサッカー部に入部する奴も少なくない。それに、ロベルトも黙っていればイケメンと称される類だった。ちょっと不良っぽいところもまた魅力らしい。しかし、そんな彼女らの存在を鈍感なロベルトは知らずにいるが。

その中の一人が、ほかの女子に押される形でロベルトのもとに近づいてきた。やだやだ言いつつも、おずおずと歩き、小さな声で、ロベルトの名前を呼ぶ。

「あの…ロベルト先輩」

振り返ったロベルトは、その女の子がカメラを抱えているのを見て、俺?と自分を指差した。

「は…はい。あの、一緒に写真とってくれませんか」
「え?何で俺?まぁいいけど」

てっきり女子からのアプローチは全てロックウェル目当てだと思っていたロベルトは、不思議そうな顔をしながらも写真を撮らせてあげていた。

「ロベルト人気ー」
「あいつほんっと鈍感だなー」
「ね、ロックウェル、俺らも撮ろ」

そういうとフレデリックはポケットから軽量デジカメを取り出した。行事ごとの際、いつもデジカメ持ってくる奴がクラスに何人かはいるものである。ロックウェル自身はほとんど周りの人間がとってくれるのでカメラは持ち歩かない。それに、彼らはちゃんとロックウェルの分も勝手に焼き増ししてくれるのである。少しでもロックウェルと話すチャンスを無駄にはしないのだ。

空にかざしたカメラを見上げれば太陽が眩しい。撮れた写真を確認すると、眩しそうに目を細めた二人の影が地面にくっきりと焼き付けられていた。互いの眩しそうな表情と、砂に汚れた顔を見て、二人は笑い合った。

「すいませーん!写真一緒にとってくれませんか!?」

声に振り向けば派手な女子の集団がわらわらと集まってきていた。フレデリックは若干ビビッていた。
巻いているバンダナの色からすると、どうやらロックウェルたちと同じ2組らしい。ちょっとだけなら、とロックウェルが了承すると女子たちはキャーっと騒いだ。

「ロックウェルさん、次何の種目出るんですか〜!?」
「バスケかな」
「バスケ!?え〜頑張ってください!なんだか、1組がかなりバスケ強いみたいですよ」
「そうそう、なんかすっごいコンビネーションの二人がいて……」
「マジ?ま、適当にやるよ」

ロックウェルが笑みを作れば女子たちはまた黄色い歓声を上げ、お礼を言いながら去っていった。

「フレデリック、悪ィ…………!!!???」

少しの間放置してしまったフレデリックの元に戻れば、ロックウェルはとんでもない光景を目にした。

「はい、チーズ♪」

フレデリックがエドガーと仲良く写真を撮っているではないか。エドガーなんかいつものいやらしい笑みではなく(←ロックウェルにはそう見える)、ムカつくほど爽やかな笑顔だ。フレデリックはといえば、少し照れたようなはにかみ笑いを浮かべている。

「(……なっ…こいつっ!!(汗)…ってか…肩を組むなーーーー!!!/汗汗汗)」

ロックウェルは怒りと焦りで冷や汗をだらだら流した。

「あ、ロックウェル。終わった?」

フレデリックがエドガーに手を振って、ロックウェルに向き直る。

「あ、あぁ……」

元はと言えば、フレデリックを放置して女子たちと写真なんか撮っていた自分が悪い。金輪際フレデリックから離れるときはエドガーが絶対にいないところだけにしよう……と決意するロックウェルだったが、フィリップ経営のバーに、いるはずのないエドガーがなぜかいたことを思い出した。神出鬼没のエドガーへの対策を練らなければならない。






ドッヂボールが終わり、もう出る種目もないフレデリックはロックウェルについて体育館に来ていた。
体育館内には上履きの擦れる音が響いている。ロベルトは既にバスケの一回戦目に駆り出されており、一組相手に奮闘していた。


試合は二ヶ所で行われている。所詮は初心者の寄せ集めなので、手前のコートは時折「やべー」や「マジかよ」といったふざけ言葉が飛び交っており、半分遊びみたいなものだった。見学者も野次を飛ばし、試合者とぺちゃくちゃ会話しているものまでいる。

しかし奥のコートはまた違った盛り上がりを見せていた。
といっても、試合者であるフィリッポが「やべーぜ!!やべーぜ!!あいつら半端ないぜ!!」などと一人で騒ぎ立ているためだけではない。
原因は1組の二人組だった。2組のチームにはロベルトくらいしか際立ってうまいものがおらず、ほとんどロベルト対その二人組という構図になっていた。

 
ロックウェルが次の試合に入るため、待機ついでにその試合を見に行くことにした。同じく待機にきたエミリオと三人でステージからその試合を見物する。
 


ボールはロベルトが持っている。

――他のメンバーにパスを回すよりはこのまま自分がゴールまで行った方が確実だ。

そう判断したロベルトは一瞬フィリッポにパスを出すようにフェイントをかけると、次の瞬間、猛スピードでゴールにドリブルしていった。「ヘーイ!!」などと叫び、しっかり受け止める準備してしまっていたフィリッポは暴れた。
 
──あの二人に追い付かれなければ、いける!!
 
シュートできる距離まであと少し。そのとき二人組の片方がロベルトの横に追い付いた。だが一人なら撒けるはず。そのままゴールまで走る。

「ジョルジュ!!」
「おう!!」

──やばい!!追い付かれ……た!!??

はっと振り向き、再びゴールに目を向けると………。

「うわぁぁあああーー!!!(汗)」

絶叫するロベルトの周りを、なぜか10セットくらいの例の二人組が囲んでいた……。

「これが俺たちの必殺技!!」
「分身の術!!」
「なっ……それ卑怯だろ!!!(汗)」
 
何人もの同じ人間に囲まれ、あたふたと立ち尽くすロベルトは、呆気なくボールを奪われた。
ロベルトの横を通り抜け、二人組が楽々とシュートする様を、皆呆然と見ていた。



「なんだありゃ……」
「あーよかった、次の相手があいつらじゃなくて……」

エミリオは胸を撫で下ろした。はっきり言ってバスケの次元を越えている。(ちなみに現実の次元も超えている)
 

「ねぇ、ジョルジュってさぁ、あれじゃん、エミリオに慰謝料請求した人と同じ名前だよね」
「ん?あぁ、そういえば……あの二人組だったりしてー……」

ハハッと笑いながら、エミリオは二人組を見た。コートをいったりきたりする二人組の動きに合わせて、目線を左から右へと動かすエミリオの表情が、見る見るうちに驚愕の表情に変わっていった。

「あぁ!!!!!あいつらだ!!!!!(汗)」
「まじ!?(汗)彼ピンピンしてるけど……」
「な…なんで……もしかして俺だまされた!?(汗)」
「まぁわかってたけどな……(汗)」

エミリオは言葉が出ないのか、ロックウェルとフレデリック、そしてジョルジュと呼ばれた青年を見比べ口をパクパクさせていた。
呆けている場合ではない。エミリオはだまされたのだ。ならば、あの10万円は絶対に取り返さなければならない。エレーヌの誕生日プレゼントはもちろんだが、彼には生活がかかっているのだ。

「次、ロックウェルとエミリオは試合でしょ?俺、あの二人に言っておいてあげる」

気を利かせてフレデリックが言った。エミリオは正直、フレデリックに任せるのは少なからず不安だった。彼は多少押しの弱いところがある。しかしロベルトのチームも妙な術のせいで負けてしまったし、ここで自分が試合に出ないとはいえない。まぁ、フレデリックは基本的には真面目なのでそこらへんはきちんと取り返してくれる…かもしれない。それにいざとなったら悪名高い(?)ロックウェルに言ってもらえば、あの二人組も逆らえないはずだ。そう考えてロックウェルのほうを見て、決意したような表情で頷けば、「何?キモ悪……」と辛辣な言葉を返されてへこむエミリオだった。


エミリオとロックウェルが試合に向かった後、フレデリックは約束どおり、1組の二人組を呼びとめた。二人は最初は見知らぬ人に話しかけられて、キョトンとしていたが、エミリオの慰謝料10万円の話を出すと、二人で顔を見合わせ、悲しそうな表情になった。


「彼には本当に悪いことをした。お金は返します」

一人が目を伏せてそう言った。相方の言葉に、ジョルジュと呼ばれていた方の青年は一瞬驚いたようだったが、すぐにうんうん、と相槌を打った。
二人を一見すれば、ジョルジュ青年は、相方の言葉に丸い瞳をぱちくりさせたり、挙動不審に髪を探ったりと、少し頭の弱そうな風体をしていたが、もう一人は非常に真面目そうで真っ直ぐな眼をしており、詐欺などをする人物には到底見えなかった。
そんな二人の様子をフレデリックは妙に感じた。

「もちろん、ちゃんと返してあげなきゃいけないけど、一体なぜあんなことをしたんだ?すぐに返しても支障がないなら、わざわざ怪我した振りをしてまで、人からお金をとる必要なんてなかったんじゃないの?」

フレデリックはテキパキと話した。彼は一人になると非常にしっかりしていた(笑)

二人組は目を合わせた。ジョルジュ青年が「兄貴ィ…」と小さくつぶやいた。
ギュッと唇をかみ締め、フレデリックに向き直り、兄貴と呼ばれた男が話し始めた。

「少し、長くなってしまうんだが……」
「構わないよ」

男は一息ついた。

「あんなことをしたのは今回が初めてなんだ。それは信じて欲しい。そしてもちろんお金は彼に返す」
「うん」
「……実は、あのお金はジョルジュの治療費のつもりだったんだ」
「治療費?結局怪我はしてなかったんでしょ?」

男はゆるく首を振った。

「ジョルジュは、病気なんだ」
「……兄貴ィ!!」
「お前は黙ってろ。……癌なんだよ。それも既にかなり進行している」

フレデリックは言葉が出なかった。

今目の前にいる、この軽そうな青年が、癌?それもかなり進行している……?

「日本ではもう治せる手段がない。唯一、ジョルジュが助かる道はアメリカで手術を受けることだ。もちろんそれだって確実ではないし、むしろ可能性は低い。でもそれしかないんだ。そのためには莫大な費用が要る。ジョルジュの家は父親がいなくて……あまり、裕福ではないんだ。……もう、母親だって諦めちまってる。でも、俺は……そんなくだらない病気なんかでジョルジュを失いたくはない!」


一気に言うと、男は悔しそうに短いため息を吐いた。

「兄貴……」

ジョルジュは眉を寄せてうつむいた。長めの前髪の間からのぞく瞳は、泣くのをこらえているように見えた。

「俺が言い出したんだ。お金を集めようって。だが、何年もかけてって言うわけにはいかないんだ。こうしている間にもジョルジュは……。……でも、間違ってた。あんなやり方、間違ってたんだよ。それに、10万ぽっちじゃどうにもならない。もっとたくさんの金が必要だ。そうしたらどんどん他人を傷つけてしまうことになる。俺、ジョルジュをそんなやつにしちゃいけなかったんだ……」
「兄貴!……そんな風に言うなよ。兄貴は俺のことを思って……俺のためにしてくれたんじゃないか……」

ジョルジュの言葉の最後の方はほとんど聞こえなかった。彼は右手でグッと顔の半分を抑えた。

なんてことだ。まだ高校二年生だというのに、彼はとてつもなく大きな闇と戦っている。そんな闇を抱えながら、普段は明るく振舞っているのか。球技大会にも参加し、「分身の術」なんかしちゃっていたのか。
フレデリックはかける言葉が見つからなかった。こんなに一生懸命生きている人がいるなんて、とショックを受けると同時に、何の事情も知らずに、いきなり二人を責めてしまった自分をひどく後悔した。

「お金は、明日返すよ。家にあるから、今は持っていないんだ」

フレデリックはしばらくの無言の後、しっかり二人を見据えた。

「君、名前は?」
「俺はアルマンド。こいつがジョルジュ」まだうつむいているジョルジュの肩を軽く叩き、男が言った。
「アルマンド、ジョルジュ。俺、何の力にもなれないけど……でも、できる限りのことはしたい。詳しいことはわからないし、費用だってどれだけかかるとか知らない。でも、協力したいんだ。俺もジョルジュにアメリカに行って欲しい」
「あんた……」
「俺はフレデリック。お金は…明日じゃなくていいよ。エミリオにはなんとか話をつけて置くし、その分は俺がなんとか用意する」

フレデリックの言葉にアルマンドとジョルジュは目を合わせ、それから、信じられない、というように引きつった笑みを浮かべた。

「なんで、知り合ったばかりの俺たちにそんなことをしてくれるんだ…?」
「そういわれてもな。俺がそうしたいんだ。それに、同じ学校の、同級生だろ」

そう言ってフレデリックはニコッと笑った。